見上げれば、そのすべては自由なのだから  GOLD EXPERIENCE: 世界を旅する黄金体験
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紺碧の空、太陽の紅
一夜明けて翌日の朝。いよいよネパールを出国し、日本へと帰国する日がやってきた。1人のバックパッカーとして、インドからネパールへと至る長い道のりを旅してきた僕にとっては感慨深い思いもあるが、同時にようやく日本に帰るんだという安堵の気持ちもあった。

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タメルで食べた、レモンクレープとトースト。なぜか朝は甘いものがうまい。

飛行機の到着時刻までしばらくあったので、先生と僕はタメルで朝食を食べることに。レモンクレープとトースト。トーストにはハチミツもたっぷり。幸せな時間だ。

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トリブヴァン国際空港は、規模は小さいが落ち着いた雰囲気。

なんだかんだで昼には “トリブヴァン国際空港”(Tribhuvan International Airport)に。ネパールは、空港周辺の治安が悪くないので、安心して過ごせる。

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飛行機に乗り込み、長時間フライトがスタート。途中バンコクを経由することになる。

ほどなく飛行機に乗り込む。記事のテンポは早いが、待ち時間はそこそこ。僕たちは “タイ国際航空”(Thai Airways)だったので、途中バンコクを経由することになる。ここからがうんざりするほどの長丁場だが、行きと違い、二人で過ごせるので気が楽だ。

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上空から眺めたヒマラヤ山脈。若干距離はあるが、これは見逃せない。

無事飛び立つ飛行機。しかし、ネパールの旅はまだ終わっていない。もしかしたら飛行機からヒマラヤ山脈が見えるかもしれないのだ。そんな期待を胸に、窓の外を眺める。幸い天気は晴れていて、視界はクリア。しばらくして、遠くに見えるヒマラヤの勇姿を確認!

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機内食のマトンカレーとフィッシュ。チキンもあったけど、あえてマトンカレーを選択。

さて、待ちに待った食事の時間。マトンカレーとフィッシュだったかな。味は・・・実はよく覚えてないんだけど、まぁ機内食的にはマトンカレーは珍しいからありってことで。

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紺碧の空に、太陽の紅。原初の色彩に胸を打たれる。

飛び立ってから随分時間が経って目を覚ました。寝ぼけ眼で、ふと窓の外を眺めた。夜の紺碧と太陽の紅が入り交じって強いコントラストを放ち、飛行機の翼を照らしていた。これこそ僕が飛行機の窓から眺める景色の中で、もっとも美しいと思える瞬間だ。

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空ってどうしてこんなに美しいのだろうか。不思議な世界に惹きつけられる。

陽が昇り始め、空が少し明るくなってきた。下を見下ろすと、まるで生き物のようにうごめく雲海があった。飛行機から見る空の世界。本来は鳥以外の生物が決して見ることのできない世界を、今僕たちは見ているんだ。そう思うと胸が高鳴る。飛行機の中からではあるけれど、太古の地球から変わることのない原初の風景がそこに広がっていた。

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僕たちを乗せた飛行機は、着々と日本に近づいていた。

灼熱のインド。人間の海の中で、様々な出会いと別れがあった。そして、多くの貧困を見た。ヒマラヤに抱かれたネパール。そこには神々しい山々に抱かれ、暮らす人々がいた。ネパールとインド、それぞれの世界観は大きく異なるが、どちらも人々のエネルギーに満ちていた。

眼下にうごめく、太陽に染まった金色の雲海を見つめながら、旅の記憶をたどる。今この瞬間も、パハールガンジの喧噪の中を、たくさんのリクシャーが行き交っているのだろうか。昇る太陽の下で、たくさんの人々がガンジス河で祈り、沐浴しているのだろうか。神々しいヒマラヤの山々に抱かれ、女性たちは畑を耕しているのだろうか。鮮明に記憶が蘇る。

そして、僕のインドとネパールを巡る長い旅は、終わりを迎えた。


  




2011'10'21(Fri)22:02 [ カトマンドゥ ] CM0. TB0 . TOP ▲
カトマンドゥの先端、ダルバール・マルグ
日没後のネパール・カトマンドゥ。夜の帳が下りはじめた、パープルに太陽のレッドが入り混じった絶妙なグラデーションの空の下を、僕と先生は歩いていた。

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タメルから王宮博物館前の通りをしばらく東に歩くとダルバール・マルグだ。

目的地は “ダルバール・マルグ”(Durbar Marg)だ。ダルバール・マルグはタメルの東、“ナラヤンヒティ王宮博物館”(Narayanhiti Palace Museum)の南に延びるダルバール・マルグ(王宮通り)という大通りを中心としたエリアだ。ナラヤンヒティ王宮博物館は、つい最近まで王宮だった場所で、2009年より博物館として一般公開されている。

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活気があり、このエリアだけ一種特別な空気を放っている。

王宮通り・ダルバール・マルグは、先端のブランドショップや、ケンタッキーやピザ・ハット、サーティーワンなどの、お馴染みのファーストフード店が立ち並ぶ繁華街で、ある意味カトマンドゥらしくないエリアだが、現地の若者たちにとってはホットなデートスポットになっていて、観光とは別の視点で見た、自然体のカトマンドゥの街であるとも言える。

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ファーストフード店もあるが、値段的には高めの設定だ。

夜になるとブティックやレストランのネオンが燦々と輝き、若者たちで賑わうこのエリアは、カトマンドゥらしからぬ刺激的な都会の空気が流れていて、日本で言うと六本木のような街かもしれない。だが、そうは言ってもそこはカトマンドゥ。日本人や欧米人から見れば、むしろ馴染みのある風景という印象だろうか。とはいえ、素朴なネパールの雰囲気とかけ離れたこのエリアならではの要素もたくさんあるので、立ち寄ってみると逆に新鮮だろうと思う。

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露店やカジノもあったりする。本来はネパールの富裕層向けのエリアなのだろう。

僕たちは、ブティックなどが入っている “アンナプルナ・アーケード”(Annapurna Arcade)を中心に、周辺の高級路線の土産物屋や、生地屋などを見て回ったが、土産物はタメルの方が気の利いた商品が多く、掘り出し物が見つかるような気がした。それと生地屋。場所柄もあり、ちょっと敷居の高い雰囲気ではあるが、興味があったのでとりあえずチェックしてみた・・・のだが、高い。生地の目利きはかなりあるのだけど、ちょっとネパールとは思えないほどの値段だった。その割にはそれほど気になる生地もなかったので、スルーしてもいいかも。

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空間重視で選んだ、落ち着いた雰囲気のレストラン。タメルには洒落たレストランが多い。

さて、一通りダルバール・マルグを散策した後、夕食を食べることにした。いよいよネパール最後の晩餐だ。周辺に気になるレストランがあったので、しばらく探し歩いたのだが・・・どうにもこうにも見つからない。周囲のブティックなどで聞いても知らないというので、仕方なく別のレストランを探すことに。最終日だし、ムードのある店でうまいものが食べたいというテーマで探したのだが、なかなかこれと言った店巡り会えず、いつの間にかタメルに戻っていた。

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ネパール最後の晩餐はタメルで。ちょい敷居を上げすぎたか・・・。

今ひとつ希望通りというわけにはいかなかったが、タメルの落ち着いた空間のあるレストランに入った。店内の雰囲気が気に入ったのだが、メニューを見るとアメリカン&メキシカン。結局注文したのはハンバーガーとブリトーのプレートにビール。まぁこれはこれで久しぶりではあるのだが・・・。味はなぜかよく覚えてないけど、普通においしかったような気がする。

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ネパール最後の夜を、エベレストビールで乾杯。

テーブルに置かれたロウソクの炎が揺らめく中、エベレストビールで乾杯したのだった。インド、ネパールと旅してきたが、ビールをはじめとするアルコールを飲んだのはそれほど多くはない。それだけに、たまに飲むビールの味はたまらないものがあった。

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時折風に揺らめく、ロウソクの炎。

明日はいよいよ日本へと飛び立つ日だ。インド、ネパールと、思えば長い旅路だったが、これほどまでに充実した旅はもう二度と無いのではないかと思えるくらい、かけがえのない時間を過ごすことができた。そして、今度は日本がたまらなく恋しくなっていた。


  




2011'10'18(Tue)18:41 [ カトマンドゥ ] CM0. TB0 . TOP ▲
休息のタメル
長かったインド・ネパールの旅も、いよいよ終盤を迎える。久しぶりにポカラからカトマンドゥへと戻ってきた僕と先生は、しばし休息の一時を過ごすのだった。

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旅行者や現地の人たちで賑わう、タメル中心部。タメルの中心部は騒々しいのだった。

ポカラからカトマンドゥ・タメルへやってくると、街の喧噪に驚く。特にタメルの中心部はクラブさながらにミュージックガンガンの激しい店が多いから、なおさらそう感じてしまうのかもしれない。それと、これだけ賑わう繁華街なのに、不思議なほど治安がいい。

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タメル中心部にあるスーパーマーケット。土産物を買うのにもオススメ。

僕たちは、タメル中心部近くの店を回って、土産物を買うことにした。旅の途中だと、どうしてもこういうのは後回しになりがちで、結局買いそびれたなんてこともよくあるのだが、今回は大丈夫そうだ。土産物で結構使えるのがスーパーマーケット。友達とか会社のみんなには食べ物かな・・・とか思いながらマサラチャイのティーバッグとか、いろいろ物色。

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パンパニケル・ベーカリーのマサラチャイとベークドチーズケーキ。

土産物を物色したら、すぐ近くにあるベーカリー “パンパニケル・ベーカリー”(Pumpernickel Bakery)で一休み。マサラチャイとベークドチーズケーキを頼んでみた。味はまあそこそこ。インドからネパールに来て、舌もちょっと贅沢になってしまったかも。インド的には素晴らしいレベル・・・というかインドにはそもそもこういうのはなかなかないからなぁ。

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葉っぱのお皿に乗ったサモサ。外はカリカリ中はホクホク。

たまたま先生との話にサモサの話が出て、急に食べたくなったので行きつけのスナック屋に。日本に帰るとなかなか食べる機会ないし。無難にうまかった。カレーソースが付いてくるんだけど、サモサってもともとカレー味だから、カレーソースつけるとちょっとしつこいかも。

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なんだかんだで居心地いいです、タメル。

とまぁ順風満帆のようで、実は宿探しにちょっと苦労してしまった。以前カトマンドゥでお世話になった “インターナショナル・ゲストハウス”(International G.H.)を当たってみたら満室。仕方なく他の宿を探すもなかなか見つからず、少し奥まったところにある “フジ・ホテル”(Fuji Hotel)に泊まることに。人気の宿はやっぱり予約しておかないとだなぁ・・・油断した。

さて、長かったインド・ネパールの旅はようやく最後の夜を迎える。これだけ長期間旅したのは久しぶりで、本当に充実した旅だった。思えばいろいろなことがあったなぁ・・・などと感傷に浸りながら、僕たちはカトマンドゥ最後の夜をどこで過ごそうか考えていた。


  




2011'10'13(Thu)23:57 [ カトマンドゥ ] CM0. TB0 . TOP ▲
再びカトマンドゥへ
早朝、僕と先生は、ネパール・ポカラ、レイクサイド南のエリアにある “ツーリスト・バスパーク” へと向かった。ポカラから陸路でカトマンドゥへと向かうためだ。

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ツーリスト・バスパークは大きな広場になっていて、たくさんのバスが発着している。

楽しかったポカラで過ごした日々を胸に、再びカトマンドゥを目指す。日程の関係で、空路を使うか迷ったが、霧などの悪天候による欠航が多いと聞いて、より確実な陸路を選んだ。カトマンドゥ~ポカラ間は、距離こそあるものの(カトマンドゥの西200㎞)、ツーリストバスによる移動は快適なので、よほど特別な事情がない限り、飛行機よりバスの方が使いやすい。

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朝はやっぱりバナナかな。色とりどり、様々なフルーツが売っていた。

早朝にもかかわらず、ツーリスト・バスパークは、欧米人旅行者を中心に、たくさんの人で賑わっていた。敷地内には、フルーツや軽食、飲み物などを売る露店があって、ここで軽く朝食を買い込むこともできる。バスの出発時間までまだ時間があったので、のんびり過ごした。

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とらちゃんより手足が長く、スタイルはいいのであった。ノラではなさそうだけど・・・。

敷地内の休憩所には、ネコも。ちょっぴりとらちゃんに似たかわいいトラ柄の子で、しばらく一緒に遊んだ。人慣れしていて、どうも完全なノラではなさそうだ。インド・ネパールには意外とネコが少ないので、ネコを見るのは久しぶりだった。カトマンドゥのスワヤンブナートで見たくらいかな。サルが多いことがネコの少ない理由のひとつかもしれない。

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ズラリと並んだツーリストバス。ポカラにはたくさん旅行者がいたんだなぁ。

とまぁ、そんなかんじで周辺をブラブラ散策しながら過ごしていたら、いつのまにかバスの出発時間に。行きと同じ、“BABA ADVENTURE”(ババ・アドベンチャー)のブルーのバスに乗り込むと、すぐにバスは一路カトマンドゥを目指して走り始めた。

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バスから眺めるネパールの風景。やや濁ってはいるが、グリーンの川の水が印象的な川。

野を越え、山を越え・・・途中、大きな川が流れていた。たぶん行きも同じ道だろうと思うけど。石灰が多く含まれているからだろうか、淡いグリーンの水が印象的だった。

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プレートに、好きな物を好きなだけ盛り付けるビュッフェスタイル。

行きに比べると随分スムーズで、あっという間に休憩ポイントに到着。ここでは適当に自分の好きな物をプレートに盛り付けることができる。ダルやカレー、パスタみたいなのもあったかな。ネパールではライスが主食だから、日本人にも違和感ないのではないだろうか。

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カレーとか、ダルとか、なんかいろいろ欲張りミックス。おいしそうでしょ?

じゃん!盛り付けるとこんな感じ。ネパールの食べ物は、とにかく野菜がおいしい。特にジャガイモは最高。山の上や休憩所、人気のレストランなど、いろいろなところで食べたけど、どこで食べてもあまり違いがないくらいおいしく食べれたような気がする。

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あっという間に市街地へ。ここまでくればカトマンドゥはもう近い。

満腹になり、またしばらくバスに揺られる。道も舗装されているし、バスも大型のツーリストバスで、快適快適。カンボジアのバスに比べれば、天と地の差だな・・・なんて考えていたらカトマンドゥに着いてしまった。行きより帰りの方が早いっていつも思う。

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ポカラからカトマンドゥに降り立って思ったこと。やっぱりカトマンドゥの空気は悪い。

バスを降りて妙に懐かしい気分に浸りながら、久しぶりのタメルを歩く。思ったより早くカトマンドゥに到着したけど、実はまだ宿泊先が決まっていない。とりあえず以前お世話になった “インターナショナル・ゲストハウス”(International G.H.)を目指すことに。

タメルは旅行者にとって、実に過ごしやすい街だ。大抵の物はそろうし、道もシンプルで覚えやすい。サクサクと見知った道を歩いてホテルに着くが・・・続きは次回。


  




2011'10'07(Fri)19:44 [ ポカラ ] CM4. TB0 . TOP ▲
ヒマラヤ・トレッキング、最終ポイントへ
ネパール、ヒマラヤ・トレッキングは、分岐ポイントのダンプスを経由し、最終ポイントの “ノーダラ”(Naudanda)へと向かう。ノーダラからは車でポカラへと戻ることになる。

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集落の仲を自由に歩き回る水牛(左)と、塀の上で授乳する山羊の親子(右)。

ダンプスから出発し、途中、休憩ポイントの集落で軽く休んだ後、僕たちはノーダラに向けて出発した。時刻は夕方へと近づいていた。いよいよアンナプルナのトレッキングも大詰めを迎える。集落の付近では、水牛や山羊などが、自由に歩き回っていた。

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石畳の下り坂が続く。

少し歩くと道は次第に下り坂が多くなっていった。整地された石造りの道をひたすら歩いていく。麓から尾根まで登った行きの逆みたいな感じ。下り坂はやっぱり楽だ。

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山道ではあるが、非常に歩きやすい道。

石造りではない道も通るが、くっきりと道のラインがあって、歩きやすいように整地されている。丈の短い芝生を随所で見かけたが、特別手入れはしていないのかな。

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急な勾配の、階段状の道。

夕方に近づくにつれて、空が雲に覆われてきた。麓へと降りる道はあまり開けた景色が見られない。単調な山道が続き、疲れのせいもあって口数は自然と少なくなる。

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行きに比べるとやや単調な道を、ひたすら歩く。

現地の人と時々すれ違うことはあっても、トレッキング中の他の登山客とはほとんど鉢合わせなかった。ポカラにいた欧米人旅行者たちはどこを観光しているのだろうか。

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雲の合間から、山の合間に光が差し込む。

ポカラを基点にすれば、今回のフェディ・ダンプス間のルート以外にもより身近な日帰りトレッキングコースはある。ポカラの周囲を取り巻く山々がそうで、以前の記事で紹介したフェワ湖北の “サランコット”(Sarangkot)や、同じくフェワ湖南の“日本山妙法寺”(World Peace Pagoda)のある丘、“フォクシン”(Phoksing)という景色の良い尾根の集落もある。

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日本の生活は便利だが、こういった空間や時間は得難い。うらやましい限り。

歩いていると眼下に民家があって、住民たちが外でお茶をしていた。そこら中に衣類が散乱していて、最初は何かなと思ったが、どうも洗濯物を芝生の上に置いて干しているようだ。

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岩の間の細道を降りると、最終ポイントのノーダラはすぐ。ラストスパートだ。

さて、岩の間の細い石造りの道を降りると、もうすぐにノーダラだ。下り坂なのでペースは早いが、1日歩いてクタクタになっていた。数日かけてトレッキングする場合、翌日、翌々日と疲労が蓄積されて結構大変そうだ。などと言いつつ、次は1週間くらいアンナプルナを歩いてみたいな。ダンプスの北西にある “ゴレパニ”(Ghorepani)から北上するようなルートで。

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山の麓にあるノーダラの町に到着。ここから車でポカラに戻る。

無事、麓の町ノーダラにゴールイン。ノーダラには国道(バグルン自動車道)が伸びているので、ポカラまで車で移動できる。そのせいか、これまでの集落に比べると規模が大きく、村、あるいは町といった雰囲気。その後はガイドのサントス(サントスの友人が運転)が手配してくれた車に乗り込み、無事ポカラに戻ったわけなんだけど、なんだかんだで疲れましたよ。インドを旅した直後だったので、決して運動不足ではないはずなんだけど。

でもまぁ、結構心残りはあります。もし時間があって、もっと北のヒマラヤ寄りの場所を歩いたら、壮大な景色が広がっていたのかなとか、勝手に妄想してしまったり。




2011'10'01(Sat)00:10 [ ポカラ ] CM4. TB0 . TOP ▲