見上げれば、そのすべては自由なのだから  GOLD EXPERIENCE: 世界を旅する黄金体験
05≪ 2017| 12345678910111213141516171819202122232425262728293006/ ≫07
蒼天のカサブランカ
翌朝、モロッコ・カサブランカのホテルの一室で目を覚ました。寝ぼけ眼で部屋にある小さなテラスに出ると、雲ひとつ無い抜けるような蒼空が広がっていた。

Casablanca60112-1.jpg
いろいろカサブランカの中心エリアを探し歩いた中で、ここが一番良かった。

眼下には、いくつかの国旗がはためいていた。その中には日本の国旗もあって、ちょっとうれしかった。宿泊した “オテル・アストリッド”(Hotel Astrid)は、コンパクトだが清潔感がある、カサブランカではオススメのミニホテル。僕と先生は準備をして朝の散策に出かけた。

Casablanca60112-2.jpg Casablanca60112-3.jpg
フレンチスタイルのカフェで朝食。オレンジジュースの代わりにパン2つでもいいんだけど・・・。

まずは朝食が食べられる場所を探した。まだ朝なので選択肢はあまり多くなかったが、ホテル近隣のカフェに入った。席から街が眺められる、いかにもフレンチスタイルのカフェという雰囲気。朝食セットを頼んだらエスプレッソにオレンジジュースが付いて、結構豪華だった。

Casablanca60112-4.jpg
広場に隣接した公園には、ベンチに座ってボーっと過ごしている人が多かった。

朝食を食べて、まずは街の中心にある大きな広場 “ムハンマド5世広場”(Place Mohammes V)へ。広場周辺は公園や聖堂、市庁舎、裁判所、中央郵便局、劇場など、事実上の街の中枢機関が集まっているのだが、見ての通り時の流れを忘れるようなのんびりした空気が漂っていた。

Casablanca60112-5.jpg Casablanca60112-6.jpg
ハトおじさんがエサをばらまいていた。(左)広場の中央には噴水がある。(右)

広場の中央には噴水があって、その周囲にはハトがいっぱい。ハトたちの中心にはエサをまくハトおじさんの姿が。昼に近づいてきたせいか太陽が頭上にギラギラと輝いていたけど、砂漠気候で乾燥しているせいかあまり暑くはない。中心地区に限って言えば、カサブランカの街のサイズはそれほど大きくはない。だいたい1㎞四方もあれば、街の中心部はすっぽり入ってしまう。ただし、北側の旧市街や、さらに奥にあるビーチエリアを入れるともう少し大きくなる。

Casablanca60112-7.jpg
ピッツァリアでは、フランスパンにミートとレタス、トマトなどを挟んだサンドイッチを注文した。

実はカサブランカ滞在は1泊だけで、午後には鉄道でマラケシュに向かう予定になっていた。モロッコの観光の見所は内陸部のマラケシュやフェズといった交易都市に集中しているので、スケジュール的にカサブランカで過ごす時間を調整せざるを得なかったのだ。僕たちは街を散策した後、一旦ホテルに戻り荷物を引き取り、鉄道駅である “カサ・ヴォワジャー駅” へと向かった。鉄道の発着時間までまだ時間があったので、駅近くのピッツァリアで昼食を食べた。

Casablanca60112-8.jpg
線路と段差のないバリアフリーなホームがちょっと新鮮。

チケットを買って、カサ・ヴォワジャー駅で鉄道を待つことしばし。見ての通りホームはバリアフリーで段差がほとんどなく、対面のホームまで歩いて渡れる状態。鉄道の発着を待つ人もそんなにいない。じつにのどかな雰囲気で、ポカポカした陽気と相まってなんだか眠くなる。

Casablanca60112-9.jpg
カサブランカから向かうマラケシュは、モロッコ最大の観光都市だ。

しばらくするとホームに車両が入ってきた。砂埃にまみれた、いかにもな感じの鉄道。どことなくテレビ番組の「世界の車窓から」を彷彿する世界観。まさにそんなイメージ。

そんなわけで、僕と先生はカサブランカから鉄道で一路マラケシュへと向かうのだった。




  




2012'06'01(Fri)22:48 [ カサブランカ ] CM2. TB1 . TOP ▲
カサブランカの夜
モロッコ・カサブランカに到着した日の夕方、僕と先生はその日泊まる宿を探し歩いた。できれば暗くなる前にと思っていたのだが、思うような宿がなかなか見つからなかった。

Casablanca52512-2.jpg
街角の売店では新聞が路上に広げてあった。モロッコらしいなかなか珍しい光景。

その理由はズバリ宿泊設備。とはいえそれほど高望みしていたわけではなく、そこそこ手頃な宿泊料金で居心地の良いホテルがあればどこでもいいと考えていた。実際そんな風に見えるホテルは山ほどあったのだが・・・実際に部屋を見せてもらうと、どのホテルも面白いように窓の鍵が閉まらない。要するに窓の鍵が壊れていて外部から自由に開け閉めができてしまうのだ。

Casablanca52512-1.jpg
夜になり、活気づくカサブランカの街。そうか、この街は夜の街だったのか!

これでは防犯上あまりにも不用心だ。何かあったとしても自己責任は免れないし、なにより滞在中落ち着かない。しかも窓だけならまだしも、ドアの鍵が閉まらない、トイレの水が流れないなど、いろいろなホテルを見れば見るほど不備な点が多々あったりするので、だんだんホテル探しもうんざりしてきた。まぁこれがカサブランカの基準なのだといわれればそんなものかと納得しないこともないのだが、なにせ初日の夜だったので勝手が分からなかった。

Casablanca52512-3.jpg Casablanca52512-4.jpg
アイスクリーム屋を発見。店頭に女性客が集まっていた。日中は閑散としていたのに不思議だ。

僕たちはホテルからホテルへとさんざん探し歩いたあげく、中心街からやや離れた閑静な場所にある “オテル・アストリッド”(Hotel Astrid)というホテルを選んだ。ちなみに「ホテル」を「オテル」と呼ぶのはフランス語表記であるから。何軒か見て回った中では一番落ち着いていて、窓はやはり微妙な感じだったが妥協することにした。どうもモロッコでは建物の老朽化が進み、大半の建物の窓の鍵が壊れ、修理もせずにそのまま放置しているようなのだ。

Casablanca52512-5.jpg
それほど大規模ではないが、街中にあるスークも活気があった。

おそらくそこそこ治安が良いので鍵など無くても問題ないのだろうが、旅行者からすれば鍵の閉まらない部屋には泊まりたくない。それも窓となれば手持ちの南京錠では対処できないし。時間はかかったが、ようやくバックパックを下ろすことができた。僕たちは随分久しぶりとなるシャワーを浴びて、すっかり暗くなってしまった夜のカサブランカの街へと出発した。

Casablanca52512-6.jpg
スークの中を特に目的もなくブラブラ散策する。目に映るものすべてが新鮮だ。

夜の街に出て驚いたのは、昼間とはうって変わって街に活気があることだった。大通りは車通りが激しくなり、閑散としていたストリートには人々が闊歩し、店やレストランには灯りがともっていた。そのあまりの変化に「ああ、この街は夜の街なんだな」と勝手に納得した。街中にあるスークと呼ばれる市場にも足を踏み入れてみたが、同様に夜の賑わいを見せていた。

Casablanca52512-7.jpg
イミルシルの入り口。こじんまりとした入り口なので見つけにくいが、内装は一見の価値あり。

さて、僕たちのモロッコでの初日の夜を飾るイベントは、なんと言ってもモロッコ料理である本場の “クスクス”(Couscous)を食べることだった。そこで、カサブランカのモロッコ料理レストランではおいしいと評判の “イミルシル”(Imilchil)という店に行ってみた。ここは大きな店ではないが、モロッコらしいクラシックで高級感のある内装や調度品が素敵なレストラン。

Casablanca52512-8.jpg
モロッコの各地でレストランに入ったが、内装や調度品はかなりレベルが高いと思う。

薄暗い店内の照明の中、雰囲気のある調度品を楽しんだ。客は僕たちだけで貸し切り状態。僕たちはメインのクスクスと、奮発してラムの煮込みを頼んだ。しばらくすると前菜とパンが運ばれてきた。モロッコのレストランでは、注文しなくても必ずパンがついてくる。アラビア語で “ホブス”と呼ばれる定番の平たいモロッコパンで、パンは食べ放題の店が多い。

Casablanca52512-10.jpg
柔らかく煮込んだ巨大なラム肉が鎮座する。クスクスというより肉を食べている感覚だった。

続いて運ばれてきたのがメインのクスクスとラムの煮込み。クスクスもうまいがラムがボリュームがあってとても柔らかい。ちょっと日本では考えられない大きさだった。モロッコの各地でモロッコ料理を食べた後で改めて思い出すと、かなり贅沢な食事だったなと思う。僕はラム、そんなに得意な方ではないけど、臭みが無くてあまりクセがないので食べやすかった。

すっかり満腹になり店を出た。本場のクスクスを食べることができて、大きな満足感があった。ラム肉の煮込みは到底真似できないけど、普段自宅で作っているクスクスとそれほど違和感はなかった。その夜は二人でクスクスの話で盛り上がりながらホテルへの帰路についた。




  




2012'05'25(Fri)20:43 [ カサブランカ ] CM2. TB1 . TOP ▲
カサブランカの鉄道駅から市街へ
アフリカ大陸北西部に位置するモロッコ。その玄関口となる街が “カサブランカ”(Casablanca)で、ここから旅をスタートする旅行者は多い。僕と先生は、空港から鉄道でカサブランカの街の入り口となる “カサ・ヴォワジャー駅”(Gare de Casa Voyageurs)に到着した。

Casablanca51712-1.jpg
カサ・ヴォワジャー駅の外観。青い空と白い建物がマッチしている。

駅周辺はシンプルで、駅前の駐車場には車が駐車しているものの、人影はまばらだった。雲ひとつ無い澄みきった青空と、カラリと乾燥した砂漠気候の穏やかな風が心地よかった。もう10月下旬だというのに、ポカポカと暖かく、かといって汗が出るような暑さではない。

Casablanca51712-2.jpg
駅から市街を結ぶ、少々殺風景な大通り。通りを歩く人は少なく、ゴーストタウンのようだった。

僕たちはまずカサブランカ市街の中心まで行ってみることにした。ガイドブックの地図を見ると、1~1.5㎞も歩けば中心地区にたどり着くはずだ。バックパックを背負ってはいたが、長時間乗り物に揺られて少々運動不足だったのと、まだ明るかったので、歩くことにした。

Casablanca51712-3.jpg
大通りから一歩路地裏に入ると、年季を感じる味わいのある建物が建ち並んでいる。

カサ・ヴォワジャー駅から街の中心部までは車通りの多い大通りをまっすぐ進む、ほぼ一本道だ。午後3時を回り、そろそろ夕方に差しかかる時間帯だったが、まだ十分に明るかった。意外と殺風景だなというのが、カサブランカの街を歩いた最初の印象だった。道脇にはそこそこ高さのあるビルが立ち並んでいたが活気が無く、どことなく廃墟を思わせた。

Casablanca51712-4.jpg Casablanca51712-6.jpg
イスラム教にはスンニ派とシーア派の二大宗派があり、スンニ派は最大勢力だ。

しばらく歩くと、突然大音量のコーランが街中に響き渡った。ビルの何もない壁面に向かい正座し、祈りを捧げる人々の姿があった。モロッコはイスラムの国だ。イスラム教は国教に定められ、その99%がスンニ派なのだという。街の随所にモスクが建てられている。

Casablanca51712-5.jpg
閑散としたカサブランカの街。のんびりとした空気が流れていた。

駅から街の中心部までは、徒歩だと予想以上に距離があった。途中、あまりに殺風景な風景が続くので、道を間違えたか、あるいは行き過ぎたか不安になったが、結果的にはそんなことはなかった。中心部の商店街は先ほどの大通りより幾分活気はあるが、それでも商店は営業しているのか分からないほど閑散としていた。まずはすべきことがたくさんあった。モロッコの通貨ディルハム(DH)に換金もしたかったし、宿泊する宿も探さなければならなかった。僕たちはバックパックを背負いながら、両替商やホテルを探して見知らぬ街を彷徨い歩いた。




  




2012'05'17(Thu)21:03 [ カサブランカ ] CM0. TB1 . TOP ▲
旅立ちのモロッコ
モロッコ”(Morocco)はアフリカ大陸北西部に位置する。僕にとってモロッコは特別な感情を抱く国だ。きっかけはかれこれもう20年近くも昔の話になる。僕は学生時代アメリカ・ロサンゼルスに住んでいながら、夏の数ヶ月をフランス・パリで過ごした時期があった。僕の生まれはパリで、当時、現地のフランス人学生が夏の間をスペインで過ごすというので、彼のアパルトマンの部屋をそのまま借りて、しばらくそこに住むことにしたのだった。

Morocco50912-1.jpg
霧雨が降り注ぐ、夜の成田空港。ライトアップされた光が反射し、幻想的な光景だ。

この話は以前のエントリー記事 “フランスで過ごした日々” で書いたことがあるので、詳しく知りたい方はぜひそちらを見て欲しいのだけど、後々モロッコに興味を持った最初のきっかけはこのフランスで過ごした日々なのは間違いない。パリ滞在中、学生街 “カルチエ・ラタン”(Quartier Latin)のとあるレストランでクスクスを食べたのだが、妙に気に入ってしまい、その後仕事でパリを訪れるとクスクスが食べられるレストランを探して足を運ぶようになった。

Morocco50912-2.jpg
経由ポイントのドバイ空港。ドバイの宝くじの景品はスゴイ!

このブログでも度々紹介しているが、“クスクス”(Couscous)というのはアフリカ発祥の粒上のパスタのような食べ物なのだが、アフリカからフランスをはじめとするヨーロッパへと広がり、現在ではかなり広域で馴染みのある食べ物だ。我が家ではすっかりメジャーな料理としてクスクスを自宅で食べているが、味はもちろん、クスクス粒の “スムール”(Semoule) は消化に良く、煮込んだ野菜をたくさん食べられるので、とても健康にいいのだ。

Morocco50912-3.jpg
上空から眺めたドバイの街並み。砂漠の街と言った佇まい。

過去にフランスがモロッコを植民地支配(保護領として1912年~)していた影響で、クスクスの本場モロッコとも大いに関係があったりする。実際多くのフランス人がモロッコに居住し、公用語のアラビア語に次いでフランス語は第二言語になっている。そんな事情から、フランス、特にパリにはクスクス料理のレストランが多数点在し、独自に進化したクスクスは実にうまい。

Morocco50912-4.jpg
エミレーツの機内食。写真はチキン。

前置きが長くなってしまったが、クスクス発祥の地、憧れのモロッコについに旅立つときが来たのだった。すっかり写真と記事がマッチしなくなってしまったが、超スピードで流れに合わせると、霧雨のような雨が降りしきるとある10月の夜に、成田空港から一路モロッコへと飛び立ち、途中経由ポイントのドバイでしばし時間を過ごした後、再びモロッコへと飛び立った。

Morocco50912-5.jpg
モロッコの玄関口、カサブランカのムハンマド5世国際空港に到着。

旅の同行者はお馴染みの先生。先生も・・・いや、むしろ先生の方が、モロッコ文化とクスクスに大いなる興味と憧れを抱いていたかもしれない。もちろん僕もだけど。そんなわけで僕たちを乗せた飛行機は十数時間にも及ぶ長時間フライトの末、ようやくモロッコの玄関口、カサブランカの “ムハンマド5世国際空港” へと到着した。空港の構造は至ってシンプル、治安も良好だ。

Morocco50912-6.jpg
空港の外には雲ひとつ無い真っ青な空が広がっていた。

初めての地に対する期待感と緊張感を胸に空港から一歩外に踏み出すと、抜けるような青空が僕たちを出迎えてくれた。空港の敷地の外はやや殺風景だが、危険な感覚は不思議なほど皆無だった。僕たちは空港と市街を結ぶ鉄道駅を探した。一旦空港の敷地内に戻り、表示に従って階段を下りてムハンマド5世空港駅に出た。しばらくすると列車がホームに入ってきた。

Morocco50912-7.jpg
ムハンマド5世空港駅のホーム。市街へ向かう人はそれほど多くはなかった。

ここからカサブランカ市街の “カサ・ヴォワジャー駅”(Gare de Casa Voyageurs)まではおよそ30分ほど。さっそく僕たちは列車に乗り込んだ。市街へ向かう人はそれほど多くはないようで、席もそこかしこに空きがある。果たしてどのような世界が待っているのだろうか。憧れのモロッコはどんな国なのだろうか。新たな旅はこの国、モロッコを基点にスタートする。




  




2012'05'10(Thu)20:44 [ カサブランカ ] CM2. TB0 . TOP ▲