見上げれば、そのすべては自由なのだから  GOLD EXPERIENCE: 世界を旅する黄金体験
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カンボジア、シェムリアップの郊外で
アンコール遺跡群観光の拠点、シェムリアップ(Siem Reap)の町を一歩外に出ると、壮大なカンボジアの原風景が広がっている。

バイタクでシェムリアップの町から、南西に10㎞ほどの位置にある東南アジア最大の湖、“トンレサップ湖”(Tonle Sap Lake)に向かって、郊外に足をのばしてみた。

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シェムリアップ川”(Siem Reap River)に架けられた橋には、地元の人たちの原付バイクが行き交っている。原付バイクは安価で燃費も良く機動力があり、電車などの移動手段が存在しないカンボジアの人達には主流の乗り物だ。

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シェムリアップ川に沿って南下すると、最終的にはトンレサップ湖に出る。川岸には亜熱帯の地域ならではの木々が生い茂っている。

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舗装されていない道の右側に立てられた看板には、“PLEASE RESPECT OUR NATURE”“自然を大切に”の文字が、母国語であるクメール語英語日本語の順で書かれている。日本語で記載された看板から、日本がカンボジアにとって重要な位置付けであることが感じ取れる。

近年、日本はカンボジアに対し、様々な支援活動を行っており、日本政府の無償資金協力をはじめとして、インフラ整備法制度の整備淡水養殖医療技術者の育成など、多岐の分野に及んでいる。トンレサップ湖には、水上に日本人が寄付して設立された学校もある。

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砂塵の中をバイタクは走り続ける。シェムリアップからトンレサップ湖までの道のりはほぼ1本道で非常にシンプルだ。時々集落があり、道の両脇には田園風景が広がっている。カンボジアの主要産業は農業で、の生産に特化している。人口の34%が農業に従事しているという。

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プノン・クロム”(Phnom Krom)の丘の上から、トンレサップ湖へと続く道と町並みを一望できる。地平線を遮るような山や高層建築物などの類は一切無く、道に沿って息づく人々の生活住居と、水田、沼などが、無尽蔵に広がっている。

それは、生命の力強さがひしひしと伝わってくるような情景だった。


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2009'11'30(Mon)23:36 [ シェムリアップ・郊外 ] CM0. TB0 . TOP ▲
バックパッカー旅のリストウォッチ part-1
近年、携帯電話が浸透するにつれ、リストウォッチの存在意義が変化してきたように思います。実際のところ、僕も日常生活においてリストウォッチをつける機会は少なくなっています。そんな僕ですが、バックパッカー旅行に行くときには必ずリストウォッチを持って行きます。というわけで今回は、「旅時計」をテーマにしたいと思います。

旅時計などと偉そうな書き方をしましたが、まぁぶっちゃけた話、旅に持って行くリストウォッチなんてなんでもいいです・・・と言い切ってしまうと身も蓋もないので、ファッション性と機能面という2つの視点で考えていきたいと思います。バックパッカー旅行に持って行くリストウォッチをチョイスする際、機能面で最も重視すべきポイントは以下の3点です。

1. 頑強であること(耐久性)
2. 防水性があること(防水性)
3. 値段がリーズナブルであること


気候や天候の変化が激しい地域を旅する時には、ある程度の頑強さがあり、防水性能があるものがオススメです。特に防水性能に関しては、突然のスコールやアウトドアスポーツなどに対応することも充分あり得るので必要不可欠です。とはいえ、防水性能はダイビングやスイミングなどのウォータースポーツをしないのであれば、日常生活防水レベルでも大丈夫。それと個人的にはレザーベルトのものはオススメしません。長期的に使用した場合、汗や天候などによってベルトのレザーが劣化しやすい、というのがその理由です。また、条件に値段がリーズナブルであることを挙げましたが、これは発展途上国を旅する際の紛失や盗難を意識したものです。高級時計は盗難のターゲットになりやすく、盗難に遭遇する可能性が高まると同時に、万が一紛失したり盗難に遭ってしまった場合、比較的再入手しやすいものを持って行くべきです。

上記の3つの条件を満たすものはかなりあると思います。そういう意味では選択肢の自由度は広いです。その中で、旅時計にピッタリの定番オススメは CASIO の “G-SHOCK” です。G-SHOCKは頑強で防水性もあり、リーズナブルで、旅時計としての条件を高水準で満たしています。モデルにもよりますが、デザイン性もなかなかなのではないでしょうか。但し、旅時計として非常に優秀なG-SHOCKなのですが、ファッション的視点で見た場合、今や誰もが持っているG-SHOCKは、どうしても没個性になりがちです。普通すぎてお洒落さに欠ける印象は否めないです。そんなこだわり派にオススメの旅時計があるんです。

僕のオススメ旅時計は、“SUUNTO”(スント)という、フィンランドのメーカーのもの。G-SHOCK 並みかそれ以上に高いスペックがあり、アウトドアを意識したデザインもいい感じなんです。G-SHOCKに比べれば、まだまだ持っている人が少ないのでお洒落です。

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SUUNTO X-LANDER Military

僕がバックパッカー旅行で愛用しているのが SUUNTO の “X-LANDER Military” というモデル。“X-LANDER” という、SUUNTO の中でもマスターピースのアウトドアウォッチをベースに、ボディ、文字盤、金具などを徹底してブラックに統一した、ミリタリーモデルです。

SUUNTO のリストウォッチの最大の特徴は、フィールドコンパス、温度計、高度計、気圧計が付いていることです。コンパス機能は旅の途中で迷ってしまったとき(街中などでも)、マップを見ながら自分の位置や方向性を確認をすることができて便利です。また、温度計で気軽に気温が測れたり、高度計で飛行機の機内や登山中の高度を測定したり、気圧計で天候の変化を予測することもできます。もちろんアラームストップウォッチなどの基本機能も搭載されています。SUUNTO のリストウォッチは、その高いスペックと精度の高さから、別名「リストップ・コンピューター」と呼ばれているんです。

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文字盤は反転バックライト。オールブラックのボディとマッチしている。

SUUNTO” は1936年創業のフィンランドのメーカーで、元々はコンパスをはじめとする精密機器のメーカー。現在では、コンパス、高度計、気圧計、心拍計などを搭載した、様々な用途に対応するプロ仕様の高機能アウトドアウォッチを展開しています。

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独特の形状のラバーストラップ。

通常の X-LANDER にはない、X-LANDER Military ならではの特徴は、ラバーストラップの留め具部分がピタっとはまる、ユニークなディティール。取り外しは若干しにくいですが、その分外れにくくフィット感を高めてくれます。

肝心の使用感なのですが、まず第一に、高い操作性と視認性は評価したいところです。ツールとして捉えた場合、ストップウォッチなどのボタンの押しやすさや視認性などは非常に重要です。特にボタンの押しやすさ、操作性に関しては、G-SHOCK とは明らかに異なる点です。そして、各機能の精度が高いということも付け加えておきます。また、着用感も優秀で、G-SHOCK などの一般的なラバーストラップのモデルと比較すると、ラバーの素材感がソフトでよりフィット感が高く、裏面には特殊なコーティングがされていて、ベタつかない。大振りなボディもアルミ製で驚くほど軽いんです。更に、裏蓋がコインなどで簡単に外せるような仕組みになっているので、自分でバッテリーの交換ができるようになっているため、メンテナンスがしやすいのもポイントが高いです。旅先で、バッテリー交換が自分で出来るのは便利ですよね。

実際は、アジアの国々のような暑い気候の地域だと、着用せずにバッグに入れておくことも多々あるのですが、こういうアウトドアウォッチって、なんか心くすぐるところがあってロマンを感じちゃいます。何より操作していて楽しい。旅時計のひとつの選択肢として、SUUNTOのリストウォッチはいかがでしょうか。




  


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2009'11'29(Sun)23:44 [ 旅の装備 ] CM0. TB0 . TOP ▲
地雷を踏んだらサヨウナラ!
カンボジア内戦時の1973年11月、一人の戦場カメラマンがアンコール・ワットに潜入し、消息を絶った。名は“一ノ瀬泰造”という。

一ノ瀬泰造はフリーランスの戦場カメラマンで、インド・パキスタン戦争の撮影のためバングラデッシュ・インドに向かい、1972年3月、ベトナム戦争の影響により戦いが激化していたカンボジアに入国し、シェムリアップに滞在した。当時、アンコール・ワットは、クメール・ルージュ(カンボジア共産主義勢力)の根拠地になっており、非常に危険な状況下であったのだが、彼はアンコール・ワットへの一番乗りを目指していた。1972年8月、カンボジア政府軍とのトラブルが重なり一度は国外に退去するも、翌年1973年6月、再びカンボジアに入国する。

それから5ヶ月後の1973年11月22~23日、彼は「うまく地雷を踏んだらサヨウナラ!」と友人宛に手紙を残し、単身アンコール・ワットに向かい、そのまま消息を絶った。

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それから9年の歳月が過ぎた1982年、シェムリアップの北東14kmに位置するプラダック村の草原で遺体が発見され、両親によって死亡が確認された。その後の調査で、一ノ瀬泰造がアンコール・ワットに向かったとされる1973年11月22日~23日に、彼はクメール・ルージュに拘束され、処刑されていたことが判明した。わずか26年の短い人生だった。

僕は、一ノ瀬泰造がどのような人間性の人物であったのか知らない。しかし、カンボジアの地に赴くと、その名を耳にする機会は多い。1999年に浅野忠信主演の映画、「地雷を踏んだらサヨウナラ」が公開され、没後30年になる2003年にはドキュメンタリー映画、「TAIZO」が公開されるなど、彼をテーマにした作品が映画や書籍などになっており、それをきっかけにして、若者を中心とした一ノ瀬泰造を崇拝するファンがいるのだという。中には実際にカンボジアに行き、彼の足跡をたどる、熱狂的な一ノ瀬泰造ファンもいるようだ。

そのように若者から英雄として讃えられ、崇拝の対象にすらなっている一ノ瀬泰造なのだが、少し見る角度を変えれば、戦場カメラマンとはいえ、なぜ自らの命を危険にさらすような場所に突っ込んでいくようなことをするのだ、と疑問を持たざるを得ない別の側面もある。2004年に、緊張感漂う中東情勢の中、周囲の忠告を聞かずに、イスラエルを経由してイラクに入国した日本人バックパッカー、香田証生さん(24)がアルカイダに拉致・殺害された事件は記憶に新しい。2つの事件を客観的に見た場合、一体この両者にどれほどの違いがあるだろうか。

危険の中に自らを投じ死を招いた、こういった事件の場合、「本人の情報収集能力が低かったのではないか」「責任は全て自らにある」という厳しい意見があるのは免れない。確かにその通りだ。また、危険の中にいると「危険に麻痺してしまう」という一面も否定できない。

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薪を乗せた自転車をこぐ、まだ幼い少年。(トンレサップ湖周辺にて撮影)

しかし、僕自身が一人のクリエイターとして見た場合、僕には彼の気持ちが理解できるような気がする。なぜなら僕が当時の一ノ瀬泰造と同年代の頃、自らのクリエイション以外何も見えなくなってしまうくらい没頭していたから。いつも乾いていて、作品を少しでも上のステージに引き上げたかったし、評価してもらいたかった。もしかしたら一歩方向性が異なれば、同じような生き方をしてしまったのではないかと考えてしまうこともある。時として僕達クリエイターはそのぐらい前のめりで、周囲が見えなくなってしまうことがある。

彼がシェムリアップに滞在していたときに撮影した写真を見ていると、戦場カメラマンとして彼がカンボジアという国に強く惹かれ、カンボジアの子供達の姿から何か感じ取るものがあって、“写真”というフィルターを通して、全身全霊で表現したかったのだろうという気持ちがよく分かる。それほどまでにカンボジアにはクリエイターの心を惹きつける特別な魅力があるし、貧困にあえぐ厳しい環境の中でたくましく生きるカンボジアの子供達にはインパクトがあり、経済的に裕福な先進世界に対して強いメッセージ性を持っている。

僕自身が一ノ瀬泰造を崇拝することはないが、その生き様には敬意を払いたいと思う。


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2009'11'28(Sat)00:26 [ ひとりごと ] CM2. TB0 . TOP ▲
スラ・スラン、水浴びする子供たち
バンテアイ・クデイ”(Banteay Kdei)は、12世紀末にジャヤヴァルマン七世によってヒンドゥ教寺院として建てられたが、その後仏教寺院に改修された寺院だ。仏教寺院に改修された後も頻繁に増改築が行われ、元の姿がどのようなものであったかを把握するのは難しいと言われている。バンテアイ・クデイは「僧房の砦」を意味する。

日本人にとってこの寺院で最も興味深い点は、日本の上智大学のアンコール遺跡国際調査団が、遺跡の研究・修復を担当したことだろう。修復のコンセプトは、「できる限り残されたものを使い、新しい資材の利用を極力避けて修復する」というもので、他国の修復スタイルと比較すると随所にその違いを感じ取れる。

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バンテアイ・クデイの全景。根が扇状に発達した、スポアンの巨木の姿が印象的だ。

アンコール遺跡群が崩壊する要因はいくつかあり、そのなかでも雨期の雨水が問題になっているようだ。遺跡の建材に、水分を吸収しやすい砂岩が用いられてており、雨期には水が柱の内部に染み込む。そして乾期になると、灼熱の太陽に熱せられるため、表面が劣化し、徐々に剥離していくのだという。

また、遺跡に絡みつくスポアンの樹木の根も大きな要因になっている。根が絡みつくように石積みの隙間に入り、浮き上がらせてしまうのだそうだ。

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倒壊する危険性が高いこの寺院の、崩れかけた回廊を木材で支え、祀堂上部をロープで巻いて固定するなど、一見すると危うさが漂っていなくもないが、できるだけ元の素材を生かした上でいかに修復するか、というその試みは形となって現れている。

このバンテアイ・クデイの正面には、“スラ・スラン”(Sras Srang)と呼ばれる、王が沐浴するために造られた人工池がある。

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スラ・スランは、沐浴のための池とは思えないくらい大きな池だ。現在は倒壊しているが、池の中央には塔が建っていたようだ。

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この池は、子どもたちの遊び場所になっている。

泳いだり、飛び込んだり、元気な姿を見せてくれる。カンボジアの真夏のように暑い日中の日差しの中、遺跡巡りをしていると、このスラ・スランの水場はさながらオアシスのような存在で、水遊びをしている子供たちの笑顔を眺めているだけでもこちらまで元気になるような気がした。

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カンボジアには内戦時代の不発弾地雷がまだまだ残っており、毎日のように被害に遭う人たちがいる。その数は年間約800人にも及び、現在ではその半数以上が不発弾による事故だ。

カンボジアの子供達が、危険標識に書かれている母国語のクメール文字を読むことができずに誤って危険地帯に入ってしまい、被害に遭ったり、子供たちがボール爆弾の不発弾を、爆弾だと分からず投げて遊ぶことなどによって被害に遭う場合が多いのだそうだ。

ポル・ポトの大虐殺”(1975年~1979年)の影響で、人口の約半数近くが20歳以下であるとされているカンボジアでは、子供たちへの教育制度の充実が課題なのではないだろうか。


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2009'11'26(Thu)20:39 [ アンコール遺跡群 ] CM2. TB0 . TOP ▲
タ・プロームという遺跡の存在意義
カンボジア、アンコール遺跡群の中でも一際存在感があり、数々の映画の舞台にもなった寺院遺跡、“タ・プローム”(Ta Prohm)は、その在り方について、様々な議論が交わされている。

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タ・プロームの入り口。遺跡の周囲には樹木が生い茂っている。

スポアン”(ガジュマルの一種)が遺跡に絡みつき、遺跡と樹木とが一体化することにより、独特の世界観を醸しているタ・プロームなのだが、スポアンによる浸食が激しく、タ・プロームの修復を担当しているインド政府は、遺跡の修復計画を発表したのだ。

この遺跡の修復方針を巡り、ユネスコを中心に様々な議論が生じているという。

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遺跡に使用されているラテライトは、時に青く、時に赤く、微妙な色彩を放っている。

タ・プロームから浸食しているスポアンを取り除き、崩れている石材を組み上げ、元の姿に戻すことにより、確かに遺跡は修復されるかもしれないが、この遺跡の魅力を失ってしまうのではないか。しかし、このまま放置しておけば、最終的に遺跡は跡形もなく崩れ去ってしまうかもしれない。という議論の内容だ。

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遺跡自体を覆い尽くしてしまうほどの力強い樹木の根。

また、遺跡の奥深くまで浸食し、絡みついたスポアンの樹木は、現状、果たして遺跡を破壊しているのだろうか、もはや遺跡を支えているという見方もできるのではないのか、というスポアンの存在意義にも議論は及んでいる。

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中央にそびえ立つ、圧倒的な存在感の巨木。

こういった遺跡の修復方針を巡る議論は、タ・プロームがいかに存在感のある遺跡であるかを示しているし、そもそもタ・プロームという遺跡が、スポアンと一体化することにより、特別な魅力を有しているからこそなのではないだろうか。

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壁面や柱に刻まれた彫刻。

タ・プロームの中央祠堂周辺には壁面や柱に多くのデバター(石像の彫刻)を見ることができる。石像は金剛力士などがモチーフになっており、緻密だ。一番右は、部分的に崩れ落ちて通行することができなくなった回廊。

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樹木が遺跡を侵食しているのか、あるいは遺跡と一体化しているのか。

僕がこの遺跡修復の方針を巡る話を聞いたとき、真っ先に思い浮かべたのが、タイのアユタヤーの “ワット・プラ・マハータート”(Wat Phra Mahathat)にある、仏像の頭部と樹木の根が一体化したアレ(アユタヤー(Ayutthaya)、失われた王国 part-3)。あの何の変哲もない仏像の頭部も、樹木の根と一体化したからこそあれだけ存在感のある見え方になったのだ。

タ・プロームもあの仏像の頭部と同じことが言えるのではないだろうか。数多くあるアンコール遺跡群の中で、歴史的価値以上の存在感があるこの遺跡は、建立当時の姿ではなく、あくまでスポアンの樹木と遺跡が一体化した現在の景観だからこそ、これほどまでも訪れた人々の心を捉えたのではないだろうか。つまり、遺跡と樹木、この両方が混在してこそのタ・プロームなのであって、だからこそ魅力的なのだと僕は思う。

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タ・プロームの周壁(外壁)づたいに歩いてみる。癒しを感じる、一つの世界がそこにはある。

もちろん個々の遺跡によってその性質が異なるので、このような考え方は全てに当てはまるわけではないのだが、無数にあるアンコール遺跡群の中で、タ・プロームのように、遺跡と樹木が一体化した空間があってもいいのではないだろうか。繁栄していた建立当時の姿も遺跡なら、そこから数百年という長い年月を経た姿もまた遺跡なのだから。

遺跡とは何か。「遺跡の在り方」について深く考えさせられてしまう。




  


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2009'11'24(Tue)20:49 [ アンコール遺跡群 ] CM4. TB0 . TOP ▲