見上げれば、そのすべては自由なのだから  GOLD EXPERIENCE: 世界を旅する黄金体験
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今年はありがとうございました!
今年もあとわずかですね!現在、大掃除の真っ最中です。年末、旅行に行けなかったのが心残りではありますが、その分年末年始をのんびり過ごしたいと思ってます。

それでは我が家の天才フォトグラファーが撮影した写真で年を越したいと思います。

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仕事から帰ってくるやいなや荷物を放り出し、7Dを持ち出して撮影してきた写真。136㎜なので望遠的にはこれが限界だけど、黒がいい感じにでてるなぁ。月をもうちょっと真ん中に入れて欲しかった。最近は望遠レンズをねだっている。

 ↓↓↓↓ 天才フォトグラファー(たぶん)
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大体こんなん。ときどきいい写真を撮影します。

このブログを見てくださった方々、このブログをきっかけにお友達になってくださった方々、今年は本当にありがとうございました。まだブログをはじめたばかりで、きっといろいろ退屈なところもあるかと思いますが、ヒマなときに見てくださるだけでも嬉しいです。

年末はカンボジアの記事を中心に展開していましたが、このブログの記事をきっかけに、カンボジアをはじめとするアジアの国々に興味を持って頂けたら幸いです。カンボジアは貧しい国ですが、魅力溢れる国で、皆さんが興味を持たれて旅行をするだけでもより活力のある国になっていきます。僕の記事で興味を少しでも持って頂き、楽しんで旅をして頂ければ、それが貧しい国々や子供たちの助けになっていくだろう、そうなったら素敵だなぁと思っています。

それでは皆さん、良いお年をお迎えください。また来年お会いしましょう!


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2009'12'31(Thu)15:54 [ Daily Life ] CM0. TB0 . TOP ▲
ニャック・ポアンとタ・ソム
カンボジアのアンコール遺跡群は、遺跡が広範囲に点在し、本当に大規模な遺跡です。タイのアユタヤーやスコータイのようなイメージでアンコール遺跡群を訪れると、その規模と迫力に驚いてしまうかもしれない。そしてなにより、これだけ数多くの遺跡が点在しているのにも関わらず、その1つ1つが強い個性を放っていて、非常に魅力的なのだ。

今は水のない巨大な貯水池の跡地、“東バライ”(EAST BARAY)の北に、“ニャック・ポアン”(Neak Pean)と呼ばれる池がある。池と言っても跡地のようなもので、僕が訪れた乾季の時期には水は全くなく、広場のような佇まいだった。

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12世紀末に、ジャヤヴァルマン7世により建立されたニャック・ポアンは、中央に大きな池があり、中央池を基点に東西南北に4つの小池がある。4つの小池はそれぞれ中央の大池とつながっている。中央池の中心には祠堂が水面に浮かぶかのように配置されている。

この池は、ジャヤヴァルマン7世が人々の病気を治癒するために沐浴場として造ったのだという。現代で言う病院のような位置付けの施設なのかもしれない。

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中央祠堂に刻まれたデバター。彫りが深くしっかりとしている。

ニャック・ポアンは、「絡み合う蛇・ナーガ」を意味する。そのため、中央祠堂の基壇は2匹の蛇が巻き付いたような姿をしている。

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手前左は観世音菩薩の化身、ヴァラーハがモチーフになっている。

病を癒すと言われるヒマラヤの伝説の湖、“アナヴァタープタ”を摸したと言われるニャック・ポアンは、中央の池の樋口から東西南北に配置された4つの小池に水が流れるよう設計してあり、当時の治水技術を象徴する建造物だ。今では池の水はほぼ枯れているため、池を取り囲む周囲の階段状の枠は、遺跡を観光する旅行者達の格好の休憩場所になっている。

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ニャック・ポアンの東に位置する“タ・ソム”(Ta Som)は、ニャック・ポアン同様に、12世紀末にジャヤヴァルマン7世により建立された仏教寺院。もともとは僧院で、伽藍の周囲には当時僧達が住んでいた痕跡が残っているのだという。

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がっちりと石が積み上げられた門から中央祠堂まで一直線に伸びた通路。このバイヨン様式の寺院遺跡は、破壊がかなり進行していて、若干崩れかけている。

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崩れかけてはいるが、遺跡の建材になっているラテライトの放つ色彩は美しく、印象的だ。

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タ・ソムは、アンコール遺跡群の中ではそれほど大規模な寺院遺跡ではないのだが、この東塔門の景観が独特で、旅行者に人気がある。東塔門全体がリエップという木の根に覆われており、いかにもアンコール遺跡らしい雰囲気だ。

東塔門の周囲には、アンコール遺跡のポストカードなどを売り歩く小さな子供たちがたくさんいた。子供たちは訪れる旅行者を見かけると、様々な国の言葉でコミュニケーションをとろうと試みる。ちょっとした挨拶や会話などの初歩的なものではあるのだが、まだ年端もいかない子供たちが数ヶ国(これがまた器用に使い分けている)もの言語を話そうと試みるその姿には本当に驚かされる。おそらく言葉を覚えたのは学校などではなく、「この遺跡」の「この場所」で、日々旅行者とコミュニケーションを取りながら自然に覚えていったのだろう。懸命にポストカードを売ろうと頑張っていた少女の姿が、今もまだ目に焼き付いている。


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2009'12'30(Wed)21:29 [ アンコール遺跡群 ] CM2. TB0 . TOP ▲
バックパッカー旅のリストウォッチ part-2
過去の記事で、バックパッカー旅行でオススメの「旅時計」として僕が愛用している、SUUNTOX-LANDER Military” というモデルを紹介したのですが、今回はそれまで旅で愛用していて、今も時々使っている、CASIOG-SHOCK” を紹介します。

誰もが知っている G-SHOCK なのですが、個人的なこだわりポイントは、逆輸入モデルを選ぶようにしている点です。これは90年代に G-SHOCK が流行った当初、逆輸入モデルから火が付いたことによるもので、まぁはっきりいって逆輸入モデルだからといって違いはほとんどありません。WATER RESIST の防水表示のところが、逆輸入モデルは「200m」と記載されていることくらいでしょうか。(国内向けは 20BAR と記載されている)後は一部文字盤のカラーリングにやや違いが見られるようですが、僕もあんまり詳しく知りません。

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CASIO G-SHOCK DW-5600

G-SHOCKとは言っても、なぜかこのタイプ(DW-5600系)ばっかり買ってます。それと、これはG-SHOCKに限らないのですが、最近買うデジタルものは、文字盤反転バージョンのバックライトモデルが多いです。反転の方がかっこいいから、という単純な理由です。

ここ15年は同じタイプのものを愛用しています。これで何代目か分からないのですが、ちょっと思い出しただけでも5、6本はあるような気がする。このモデルは G-SHOCK の中でも軽量・薄型で、デザインもこの上なくシンプルなので、大人っぽいファッションにも違和感なく合わせられて、15年という時代の流れの中でも色褪せない魅力があります。今見てもカッコイイ!

旅をテーマにした場合、頑強でリーズナブルなG-SHOCKは「旅時計」の本命だと思います。無くしちゃってもまた買えるし。ただ、機能はあるのですが、デザイン重視のためちょっとボタンが押しづらいのが難点です。ツールとして見た場合は “X-LANDER Military” に軍配が上がります。最近はタフソーラー(ソーラー充電システム)や電波受信機能などを搭載した、日本ならではの技術を駆使したモデルが出ていて、更に進化しているようです。




  


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2009'12'29(Tue)22:12 [ 旅の装備 ] CM0. TB0 . TOP ▲
冬の休日の午後は
今日はちょっと暖かかったですね。比較的薄着で外出したのですが、ポカポカと心地良い陽気でした。本当はハーレーで久しぶりに鎌倉のとらちゃんに会いに行こうと思っていたのですが、あいにく午前中は微妙な天気だったので、近所を散歩することにしました。

もちろん“Canon EOS 7D”を持って行きましたよ!

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出るときは曇っていたのですが、しばらく歩いていると空はご覧の通り快晴に!散歩の途中、いろいろ設定を変えながら撮影してみました。まだまだカメラテストの域を越えず、いい写真は撮れなかったのですが、さすが7D、写真にキレがあるように感じます。

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公園のトラックを自転車で競争する兄弟。僕にもこんな時代があったんだな~なんて感慨にふけってしまった。他にもたくさんの子供たちが自転車でレースをしていましたが、この2人は全く同じ服を着ているので、兄弟ってすぐわかっちゃいますよね!

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Canon PowerShot S80”で撮影した、まだ真新しい7D。いろいろ操作を確認しながら、少しずつ慣れていこうと思ってます。今日カメラテストをしてみた感触では、操作性は上々で、とても扱いやすい印象を持ちました。

カメラのボディ自体は“Canon EOS Kiss X3”などのエントリーモデルと比べると若干重たいのですが、標準レンズとして35㎜判換算で24㎜~136㎜をカバーできる“EF-S15-85 IS U”ははずせないので、結果的にレンズが同じなのであれば、重さの差は微々たるものです。X3のレンズキットに付いている“EF–S18–55mm IS”は重量こそ軽いのですが、35㎜判換算で29㎜~88㎜と、カバーしている範囲が狭いので、1本のレンズで標準域をカバーするにはやや中途半端な気がします。日常的に交換レンズを持ち歩くというのはちょっと面倒ですし。

ちなみに、僕が使用しているコンパクトデジカメ“PowerShot S80”に“PowerShot S90”という後継機種が出ているんですね~。デザインやスペックなどを見る限り、なかなか良さそうな気がします。もしこれから旅用のカメラを買うのであれば、オススメです。バックパッカー旅行にはピッタリのカメラじゃないでしょうか。僕はS80に随分お世話になってますから。

午後の散歩などをしてのんびり過ごした冬の1日でした。


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2009'12'28(Mon)21:01 [ Daily Life ] CM0. TB0 . TOP ▲
アメリカ留学時代と写真
このところ話題が写真続きなので、引き続き写真との関わりについて書こうと思います。

学生時代、クラスの先生の紹介から、とあるカメラマンの写真事務所で仕事をすることになったのですが、それはあくまできっかけにすぎず、当時はそれほど熱中することなく時は流れていきました。プロになろうという目的意識がなかったからかもしれません。

20歳で留学のために渡米したのですが、当時の僕はファッション大好きで、とにかく突っ込みがちで、好奇心の塊のような奴でした。僕が留学した L.A.(ロサンゼルス)は完全な車社会で、車がないと近くのスーパーにすら行けないような環境で、たとえ留学生と言えども遅かれ早かれ皆車で通学せざるを得ないような状況でした。そのような環境のせいか、L.A.は中古車市場というか中古車売買のシステムが非常に発達していて、個人売買などはそれなりにリスクもあるのですが、かなり安く車を買うことができました。僕も例外ではなく、L.A.について早々、新聞広告の個人売買で1970年式の “JEEP CJ7” というジープを買いました。もちろん中古です。

これがまたえらくオンボロで、シートは倒れないし(そもそも倒れない構造)、雨漏りはするしでかなりのやんちゃ坊主でした。ハードトップとドアが、友達と2人がかりだと簡単にはずれるので、それらをはずしてフルオープンで乗っていました。

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上の写真は1977年式CJ7。形は同じだが、乗っていたのはこれより7年も前の型でさらにボロい。見ての通り、軍用ジープを彷彿させるジープらしいフォルムで、“JEEP WRANGLER” の前身にあたる型。僕が乗っていたのはブラックで、前のオーナーの趣味でシートは毛皮になっていた。留学当初は、L.A.を基点にこのジープで走り回りました。その結果このジープは早い段階で乗り潰してしまうことになるのですが、ジープでL.A.の市街や雄大なアメリカの大地を走っていると、バリバリバリ・・・と迫力のエンジン音で渓谷を駆け抜けていくハーレー乗りの姿が目に焼き付き、強く憧れました。これが後にハーレーに乗ることになったきっかけです。

そんな当時の時代背景で一目惚れしたのが “Nikon 28Ti” というコンパクトカメラです。このカメラ、その名の通り28ミリの広角レンズが付いたカメラで、今となってはコンパクトカメラなのにズームが付いていない、単焦点レンズのカメラなのですが、ちょっとしたマニュアル操作が可能で、デザインもアナログテイストなんです。

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こちらが当時愛用していた “Nikon 28Ti”。カメラ上部にクロノグラフのようなメーターが配置された、特徴的なデザイン。当時はこのメカニカルなデザインが妙に新鮮で、気に入ってしまったんですよね~。よくよく考えたら、僕が初めて買ったカメラかもしれない。

アメリカ留学中は、ほぼこのカメラのみで撮影していました。28㎜の広角しか撮れないのですが、アメリカの雄大な風景を撮影するのに最適で、とてもいいカメラでした。高級コンパクトカメラという位置付けで、日本では一眼レフ並みの高額なカメラだったようですが、アメリカではぐっと安価で、当時の円高(1ドル80円)の時代背景もあって、それでも当時の僕にはちょっと高かったですが、なんとか購入することができました。コンパクトなので、その後ハーレーに乗るようになってからも携帯することができ、非常に重宝しました。

アメリカに住んでいた頃はとにかく旅をするのが好きで、休みになるとハーレーにテントや寝袋を積んで、郊外に走りに行きました。通常時(日常生活)でも毎日100マイル(160㎞)は走っていたと思いますが、夏休みなどを利用した長旅だと、1ヶ月で10000マイル(16000㎞)も走ることがありました。留学中は、時に車で、時にバイクで、北米大陸を中心にグルグルと回りました。また、アメリカは写真の現像代が安く、それをいいことに旅をする度に大量に写真を撮って、現像していました。今となっては懐かしい想い出です。


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2009'12'27(Sun)23:07 [ ひとりごと ] CM0. TB1 . TOP ▲