見上げれば、そのすべては自由なのだから  GOLD EXPERIENCE: 世界を旅する黄金体験
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ヤムナー河に沿ってアーグラー城へ
アーグラーでは、タージ・マハルに次いで人気のある観光ポイントが、“アーグラー城”(Agra Fort)と呼ばれるムガル帝国時代の城。タージ・マハルからヤムナー河沿いに2㎞ほど上流に位置し、タージ・マハルからなら徒歩で向かうことができます。

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タージ・マハル周辺ではラクダの姿をよく見かける。(左)まだ幼い少年がドライバー!?(右)

アーグラー城まで歩いて行くことは可能だが、ヤムナー河沿いとはいえ特に見どころのない平坦な道のりなので、2㎞とはいえ体感的には意外と距離感を感じるかもしれない。僕は基本徒歩派なので、もちろん歩いて行きました。日中の刺すような陽差しが心地良い・・・はずがなく、ミネラルウォーターのボトルを片手に、汗だくになりながら歩きました。

インドでは1リットルのミネラルウォーターのボトルを手放すことができず、時にはなかなか水を入手できない場所もあるので、常に水の管理をしながら移動します。

タージ・マハル周辺では、ここぞとばかりにリクシャーやラクダのドライバーが勧誘にくるので、ここは利用してもいいかもしれない。そんな道のりではあります。

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道端でスイカを売る少年。それにしてもたくさんあるな・・・。

途中、量り売りをしているスイカ売りの少年がいたので、「暑いね~」って声をかけたら、ニッコリ。こんな時は徒歩のいいところ。大量のスイカが山積みになっていて、ここまで運んでくるのも大変そうなのだが、店じまいの時はどうするのだろうか。

僕はスイカが大好き。残念ながらタイミング的にインドではスイカを食べる機会がなかったが、インドのような暑い場所だとスイカって最高なフルーツのような気がする。

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塀の向こう側に広がる、河沿いの風景。(左)前方にアーグラー城の城壁が見えてきた。(右)

地図上で見ると、この道はヤムナー河沿いになるのだが、残念ながら河沿いの情緒はあまりない、やや殺風景な舗装された道が淡々と続いている。河側の塀の向こうを覗いてみると、手前は荒れ地になっており、河の近くには草が生い茂っているようだ。通りから河までかなりの距離があるため、あまり河沿いの雰囲気がないのだろう。

地図上ではせいぜい2㎞程度だったのに、想像以上に距離があるな~と思っていたら、前方に真っ赤なアーグラー城の城壁が見えてきた。ムガル帝国時代のインドの城は、建材に赤砂岩を使っているので、レンガのような赤い色合いの建築物が多いのだが、アーグラー城も例にもれず赤い。雰囲気的にはデリーのレッドキラーとよく似ている。

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重厚な赤い城壁が続いている。(左)アーグラー城正面の入場口、デリー門。(右)

ようやくアーグラー城の入口、デリー門までやってきました。チケットの売り場前から大行列だったタージ・マハルに比べれば、観光客はやや人は少ないですが、それでも入場口はそこそこ混み合っていました。タージ・マハルが外国人観光客が多かったのに対し、アーグラー城はインド人観光客が大半を占めていたような気がする。

僕は最初、外国人用のチケット窓口ではなく、インド人用の窓口に並んでいたのですが、さすがはインド人、混み合った状況ではマナーなどないと言わんばかりに割り込みしまくりでした。で、間違ったところに並んでいたのに気付いて、外国人用のチケット窓口へ。

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重厚な城塞を思わせる、インドの城の外観。

さて、アーグラー城へとやってきた僕なのですが、前日にレストランでたまたま相席になった韓国人のサンジェ君から、このアーグラー城の写真や情報をもらっていて、楽しみにしていたことがあります。それはアーグラー城から見る眺望です。

アーグラー城と言えば、タージ・マハルを建造したムガル帝国の皇帝シャー・ジャハーンが、タージ・マハルの完成後に息子のアウラングゼーブに幽閉されてしまったというあの場所です。幽閉されたシャー・ジャハーンは、タージ・マハルを毎日眺めては涙を流して過ごしたと伝えられていることからも、この城からタージ・マハルを眺めることができることが想像できます。

あのシャー・ジャハーンも見た、アーグラー城から望むタージ・マハルとは、一体どのような景色なのでしょうか。もちろん次回に続いちゃいます


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2010'07'31(Sat)21:05 [ アーグラー ] CM0. TB0 . TOP ▲
アーグラーの猿
インドでは街中に様々な動物がいて、人間と共存しています。これまでも記事の中で様々な動物が登場してきましたが、最もメジャーなのは犬と牛でしょうか。

インドの街を歩いていると、そこかしこに犬(大半は野良)の姿を見かけますし、牛が生息している地域もたくさんあります。他にも羊は街によってはけっこう見かけます。羊はデリーやアーグラーではあまり見かけませんが、ヴァラナシでは多く見かけたかも。あとは局所的には豚や鶏の姿も見かけます。豚はともかく、鶏は人間が飼っていることが多いです。

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左に見えている “シャンティ・ロッジ”(Shanti Lodge)もロケーションがいい安宿で有名。

種類を揚げたらキリがないほどたくさんの動物が生息しているインドの街なのですが、なぜだか猫の姿をあまり見かけません。日本だと逆に犬(基本は飼い犬)と猫が大半ですよね。なぜなのかな~と疑問に思っていたのですが、もしかしたらコイツの存在かもしれない。

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よく見ると屋上の上に茶色いのが2匹、黄昏れていました。

ホテル・カマル”(Hotel Kamal)の屋上で、一休みしながらボーっとアーグラーの街並みを眺めていたのですが、目の前の屋上の上に茶色い物体が。よく見ると大きい猿と小さい猿の2匹で、親子なのだろうか。見た目は日本の猿とよく似てます。

以前インドの街に出没している猿についてニュースで見たことがあるのですが、残念ながらデリーでは遭遇することはできず。ここアーグラーにはいるようです。

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親子の2匹の猿。単独というより徒党を組んで移動をしているのを見かけた。

しばらくこの2匹の猿を目で追っていたのですが、周囲を見渡すと、そこかしこに猿の姿が。彼らは屋上伝いにピョンピョン移動し、あちこちの民家の屋上で食べ物を盗んだり、干してある絨毯をむしったり(食べてるようにも見えたが・・・)しています。で、それを見つけた住民が猿たちに向かって「コラー!」ってなにやら大声で怒鳴っているのが聞こえてきます。

住民は悪さをする猿を見つけると棒などで威嚇するのですが、ちょっと目を離すとすぐ戻ってきてまたやっている様子。日夜住民と猿との一進一退の攻防が続いているようです。時には屋上のレストランまで登ってくることもあって、レストランの従業員が猟銃(たぶんオモチャだと思うけど)を構えて銃口を向けると、猿たちは一目散に逃げ出して行きます。

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相当ないたずら者で、あちこちで盗みを働いております。ただいまバナナタイム。

個人的に見たかんじだと、少なくともアーグラーの場合は「猿を神聖な動物として敬い・・・」なんてのは微塵も感じず、住民は猿たちを相当な厄介者のに感じているようでした。とはいえ、人間が猿を威嚇しながら追い払う様子は、どこか滑稽で笑いが出てしまうところがあって、本格的に駆除しようという雰囲気ではなかったですが。

猿たちは、屋上伝いに建物から建物へと飛び移るのですが、時々飛び移り損なって、あやうく落ちそうになったりする奴がいるので、見ている分には楽しいんですけどね。

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屋上のある建物が隣接しているので、猿たちが移動するには好都合。

どうやら猿の生息地域は屋上のようで、人間が普通に地上を歩いていると、ほとんど見かけることがありません。おそらくデリーで見かけなかったのもそのせいかもしれません。

アーグラーはご覧のように同じくらいの高さの建物が隣接して建っていて、そのほとんどに屋上があるので、猿にとっては格好の住処になっているようです。で、人間の隙を見ては食べ物を盗んだり、干している洗濯物や絨毯にいたずらしたり。

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ジョニーズ・プレイスのチョコバナナラッシー。25ルピーくらいと思ったけど、忘れた。

冒頭の話題に戻りますが、インドに猫が少ないのは、猿の生息地域とバッティングしているせいなのかもしれません。猿が猫のテリトリーを奪ってしまったわけです。高いところを自在に登って、屋上伝いに素早く移動する彼らは、猫にとって驚異なのではないでしょうか。

猿もかわいいとは思うんだけど、なまじっか知能が高いので、人間と共存するのはなかなか難しいような気がします。犬は屋上まで上れないし、まして屋内に侵入したりしないだろうし、牛や羊は温厚なのでそれほど気にする必要はないけど、猿はなぁ・・・人間同様に窓やドアを開けたりできるし、実際街にいたらなかなかタチが悪そうではある。

とまぁいろいろ考えながら、ジョニーズ・プレイスで、昨日サンジェ君がおいしそうに飲んでいた、チョコバナナラッシーを飲みながら、旅のプランを考えたりして。


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2010'07'30(Fri)20:28 [ アーグラー ] CM0. TB0 . TOP ▲
バックパッカー旅のウォレット
海外でのお金の管理、皆さんはどのようにしていますか?スリや盗難に対するお金の管理は、海外、特に途上国をはじめとする治安の悪い地域を旅する時には、とても気になる要素なのではないでしょうか。実はちょっとした工夫でその安全性は随分高まるんです。

というわけで、今回は旅先で持ち歩くお金の、ちょっとしたテクニックを紹介します。実はこれ、けっこう重要なだと思うので、参考にしてください。

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カーゴポケットのフラップがボタンやジッパーで止められるタイプをチョイス。

さて、旅先での防犯対策、メインテーマはウォレット(財布)なのですが、その前にウォレットを携帯する服も意外と重要だったりします。

防犯対策に非常に適しているのが『カーゴパンツ』。ボタン止めのカーゴポケットがヒップやサイドに多数付いているので、スリの視点だとウォレットがどのポケットに入っているのかターゲットを絞りにくく、カーゴポケットのフラップがボタンでしっかり止められるタイプであれば、スリは相手に気付かれずに盗むことができません。

逆に旅行者的には、動きやすく機能的なので、正に最適の旅パンツなんです。暑い地域ならショート丈の、カーゴショーツもオススメです。

で、このカーゴタイプのパンツをチョイスしつつ・・・・・・

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いつも持って行っているメインウォレット。6年くらい前に作った、裁ち切り仕様の超コンパクト。

持って行くウォレットを2種類用意します。1つは『メインウォレット』、もう1つは『サブウォレット』です。どちらも常に持ち歩くことになるので、できるだけコンパクトなものを。

メインウォレットは、文字通りメインバンク的な用途で、クレジットカードや大半のお金を収納します。そして、実はこれは緊急時以外はほぼ使用しません。だから普段は、カーゴポケットのフラップのボタンをしっかり止めておけばOK。

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このサブウォレットは、今回のインドの旅用に余った布で作ったもの。極めて簡易な構造。

そして、一見地味なこの布製のサブウォレットが、レストランや商店などで出し入れする基本のウォレットです。サブウォレットには、その日活動するための最低限のお金を入れておいて、常にこれで支払うことによって、人目に付くのはこのウォレットのみになります。その上、一日で使用するお金の管理もできるので、とっても便利。

構造は至ってシンプルで、使わないカードの収納は省いて、小銭入れと、中に入っている紙幣をさらに区分けるための札隠しを付けてあります。これでウォレットを開けた時に見えるのは少額の紙幣のみで、タクシーやレストラン、入場料などで少し必要になるときは札隠しの中から大きめの紙幣を追加するようなかんじでしょうか。

僕はメインウォレットをヒップのカーゴポケットに入れてしっかりカーゴポケットのフラップをボタン止めしつつ、サブウォレットをサイドのカーゴポケットに突っ込んでいました。サイドポケットは、位置的に下の方にあるのでスリにくく、安全性が高いです。

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布製なので、グシャっと簡単に丸まる。カード入れがないというのもポイント。

こんなかんじで、2つのウォレットをうまく使い分けると、スリや盗難に遭遇する確率は激減すると思います。もちろんこれを応用して、手持ちのバッグに少しお金を分散しておくと、さらに安全性は高まります。実際インドではウォレットを取り出すと、興味深く中身を見られたような気がしたので、普段使うウォレットをダミーにするというのはかなり効果的だと思います。ちょっとした買い物はもちろん、リクシャーなどでも駆け引きが必要だし。

途上国では、ホテルの自室が必ずしも安全ではないことが多いので、あまり大金を置いておかない方がいいとは思いますが、バックパックの薬入れの、薬の説明書などに、少額の紙幣を包んで薬と一緒に入れておくというのもありかもしれません。

もしサブウォレットを自作されるのであれば、ややコシ(打ち込み)のある中肉の帆布素材なんかがオススメ。素材は “オカダヤ” とか “ユザワヤ” で簡単に手に入ります。

メインウォレットはもう長いこと使っていてゴムがへたってきているので、そろそろ新型を作ろうかなと、次の旅の前にいろいろ構想を練ってます。



  


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2010'07'28(Wed)19:30 [ 旅の装備 ] CM2. TB0 . TOP ▲
朝靄のタージ・マハル part-2
アーグラーのハイライト、“タージ・マハル”(Taj Mahal)。前回はタージ・マハルでのアクシデント中心の内容だったので、あまり歴史的観点での記述ができなかったので、今回はその部分と、タージ・マハルの北に流れる “ヤムナー河”(Yamuna River)の風景を含めて、また違った角度からタージ・マハルにスポットを当てていきたいと思います。

ホントはせっかく頑張って早起きして、明け方のタージ・マハルに行ったから、もう少し写真を見てもらいたかっただけだったりして。写真いっぱい撮ったしね!

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早朝のヤムナー河流域は、深い霧に包まれており、その風景には重さと柔らかさがある。

タージ・マハルの背後には、ヤムナー河が流れている。ヤムナー河はガンジス河最大の支流で、インド北部の “ヤムノートリー”(Yamunotri)を水源とし、途中デリー、アーグラーなどの都市を経由して、ヴァラナシの西135㎞地点にある、“アラーハーバード”(Allahabad)でガンジス河へと合流する、全長1,370kmの大河だ。

その影響だろうか、早朝のヤムナー河流域は深い霧に包まれている。不思議なことに、陽が昇るにつれて、それまで辺りに立ちこめていた靄はすっきりと消えてしまった。おそらく強烈な太陽の陽射しが、霧状に霧散している水分を蒸発させてしまうのだろう。

僕は早朝の、この極めて限定的な時間帯の、朝靄に包まれたタージ・マハルが最も美しいのではないかと思う。夕暮れ時のタージ・マハルも情緒があって、もちろん素晴らしいのだが、靄に包まれた幻想的なタージ・マハルは、雰囲気的にマッチしているような気がする。

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流れは穏やかで、水質も悪くないように見えるのだが。(左)陽が昇ると靄が晴れてくる。(右)

タージ・マハルの背後に回ってヤムナー河を眺めると、対岸には草木のない乾燥した砂地が広がっている。おそらくこれは、雨季のシーズンに増水し膨れあがったヤムナー河が、砂地の位置まで広がっていたことが原因だと思われる。

ヤムナー河の水の流れはとても穏やかで、一見すると水面は美しく見えるのだが、実は世界で最も汚れている川の一つと言われている。ヤムナー河は、特に首都デリー周辺の汚染がひどく、デリーの排泄物の57%が流入しており、生活排水や生活ゴミによる汚染は拡大の一途をたどり、深刻な状況になっている。旅行者は知らなくていいことではあるが・・・。

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洗練されたタージマハルの勇姿。人を入れずに撮影するのは至難の業だったりして。

タージ・マハルは、ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、愛妃ムムターズ・マハルの死を悼んで建設した霊廟である。要するに「愛する妻の墓」なのだが、当時の皇帝の権力、財力を結集し、ペルシャやアラブ、ヨーロッパなどから2万人もの職人を集め、世界中から建材として使用する大量の貴石、宝石が取り寄せられ、1653年22年の歳月をかけて完成させたという。

尋常ではない建造費に、当時のインドの財政は破綻したとも言われ、完成後シャー・ジャハーンは、息子のアウラングゼーブによってアーグラー城に幽閉されてしまうのだった。

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敷地内にはモスクや、手入れの行き届いた広大な庭園が広がっている。

しかし、もっとも驚かされるのは、当時のシャー・ジャハーンの構想では、ヤムナー河の対岸に、タージ・マハルと全く同じ構造の建造物を今度は黒い大理石で造り、河を挟んだ2つの建造物の間を大理石の橋で繋ぐ事になっていたということだ。あまつさえ一国の財政を傾け、片側だけでも20年以上もの歳月を費やしたというのに、もう一つ黒いタージ・マハルを造ろうというのだから、もはや墓と表現するのが妥当なのかどうかは疑問だが、シャー・ジャハーンが幽閉された理由は紛れもなくこのタージ・マハルの建設が原因だろう。

タージ・マハルの名前の由来は王妃の名 “ムムターズ・マハル” を縮めたものではないかという説が有力で、ペルシャ語で「宮殿の光」「宮廷の選ばれし者」を意味する。

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一見夕日のようではあるが、朝日です。空のグラデーションがなんとも美しい。

完成後、シャー・ジャハーンはアーグラー城に幽閉され、窓際から自らが手がけたタージ・マハルを眺めて過ごし、死後はタージ・マハル内部に安置されている妃の墓の隣に埋葬された。

確かに、国の財政を傾けてまで愛する妻の墓を建造するというのは常軌を逸してはいるが、結果的に今現在僕たち旅行者が、この壮大な “世界一美しい墓” を眺めることができるわけで、複雑な心境でもある。それにしても黒いタージ、もしその話が本当なのであれば、見たかったような気もする。旅行者はなんとも自分勝手なのである・・・ナハハ

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ピカピカに磨き上げられた大理石の床に朝日が反射し、金色に光り輝いている。

ちなみにタージ・マハルの内部へ入ることもできるのですが、残念ながら内部の撮影は厳禁。中の構造は想像以上にシンプルで、中央に王妃ムムターズ・マハルの大理石の棺が置かれており、その隣にやや小さなシャー・ジャハーンの棺が置かれている。なんとなくシャー・ジャハーンの棺を後から置きましたみたいなかんじ。まぁ実際そうなんだけど、偉大なるタージ・マハルを建造した皇帝の棺が、王妃よりも小さいのがかわいそうではある。

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バイバイ、タージ・マハル!また会う日まで。

帰り際、入口の通路からシルエット越しのタージ・マハルを撮ってみた。行きはちょっとしたアクシデントに見舞われて、サンライズの瞬間を見逃すまいと焦ってタージ・マハルに直行したので、ゆっくりと見て回ることができなかったから。既にタージ・マハルには大勢の観光客でいっぱいで、庭園もすっかり賑やかになっていました。

あのミステリアスな朝靄はすっかり晴れて、今日のアーグラーも快晴です。


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2010'07'26(Mon)19:07 [ アーグラー ] CM2. TB0 . TOP ▲
朝靄のタージ・マハル part-1
インドの象徴、“タージ・マハル”(Taj Mahal)。アーグラーを訪れる旅行者は、このタージ・マハルを見るために訪れていると言っても過言ではないほど、数あるインドの歴史的建造物の中でも圧倒的な存在感を放っている。そして、「タージ・マハルが最も美しい時間帯はいつなのか?」というのが、旅行者たちが議論する永遠のテーマになっている。

タージ・マハルの入場チケットは高い。他のインドの観光スポットのそれと比較しても飛び抜けて高い。チケットの値段750ルピーは、それこそ安宿の1泊の宿泊料金などよりはるかに高額で、下手をすれば立派なランチが10回は食べられるかもしれない。それほどまでに高額なチケットなのだから、おいそれと何度も入場することはできないし、1度の入場で、タージ・マハルの全ての時間帯の全ての表情を眺めることは到底不可能だろう。

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辺りはまだ真っ暗。太陽が昇る前の、明け方のタージ・マハル周辺。

それ故に、せっかく訪れたタージ・マハルの、最も美しい姿を心に焼き付けたいと考えるのは当然のことだろうと思う。しかし僕自身、あらゆる時間帯のタージ・マハルを見ているわけではないので、最も美しい時間帯がいつなのかと聞かれると、明確に答えることは難しいのだが、あえて言うなら早朝のタージ・マハルは素晴らしいと思う。

さて、前置きが長かったが、一期一会のタージ・マハルの勇姿を、どの時間帯にするのか考えた結果、早朝に訪れることに決めた。まだ夜の暗闇に包まれている時間帯に宿を出て、タージ・マハルを目指して足早に歩き始めた。まだ早い時間帯だというのに、同じような考えの旅行者の姿もちらほらあって、同じ道を歩いていた白人女性に道を尋ねられたのがきっかけで、一緒に行くことにした。実は僕は前日の散策で、事前に場所を把握しておいたのだ。

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早朝だというのに、チケット売り場の前は長蛇の列が。(左)タージ・マハルのチケットをGET!(右)

タージ・マハルには、Main Gate(正門)、West Gate(西門)、East Gate(東門)の三ヵ所のいずれかから入場することになる。前日、宿泊しているホテル・カマルのオーナーのSandeepさんに、早朝の入場はどのゲートがいいのか尋ねたところ、「West Gateが一番空いているし、他のゲートよりも早くオープンする」と言うので、West Gateから入場することにした。

時間は5時。まだ入場まで1時間ほどあるというのに、僕がチケット売り場に着いたときにはすでに数名が並んでいた。しばらく列に並んでいると、すぐに長い列になっていった。僕が早い時間帯にこだわるのには理由がある。日の出の太陽の光に包まれたタージ・マハルが見たかったこと、そして、タージ・マハルは非常に混み合うので、できるだけ人の少ないタイミングに入場し、まだ観光客に埋め尽くされていないタージ・マハルの姿を見たかったのだ。

チケット売り場の前は、連日早朝から絶えず人が並んでいるせいだろうか、想定外のものすごい数の蚊で、蚊柱のようになっていた。僕は虫除けスプレーをするのを忘れてしまい、何カ所も刺されてしまった。1時間が経過し、ようやくチケット売り場が開いた。

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いろいろあったが、なんとかタージ・マハルの敷地内で、サンライズを拝むことができた。

チケットを購入し、West Gateの入場口まで行ったのだが、ここでトラブルが発生。入場口ではかなり厳しい手荷物検査が行われており、バッグの中身まで調べられる。僕は暗いことを想定して、小型の三脚(ゴリラポッド)をカメラに取り付けて行ったのだが、どうやらそれが気に入らないらしく、ロッカーに三脚を預けてこいというのだ。

これには参った。やむをえずロッカーを探しに行ったのだが、既に入場口は長蛇の列になりはじめており、ロッカーはゲートからかなり離れた場所にあるようで、そこまで行ってもう一度並ぶのでは、日の出の時間に間に合わなくなってしまう。

ここは一か八か、三脚をカーゴポケットに突っ込んで、もう一度手荷物検査を受けることにした。途中、先ほどの検査官が僕に気付いて、「もうロッカーに預けてきたのか?」と聞いてきたが、その質問には答えず、「どうしてもサンライズのタージ・マハルが見たいんだ」「僕にとっては本当に大切な瞬間なんだ」と彼に気持ちを伝えた。彼に気持ちが伝わったのか、なんとかゲートを通ることができた。しかし、内心冷や汗ものだった。

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これが日の出の時間帯のタージ・マハルの勇姿。水面に写り込むタージ・マハルが美しい。

無事入場できたのはいいが、この騒動ですっかり時間を食ってしまい、空はすっかり明るくなってしまっていた。とりあえず他のスポットは後回しにして、まずはタージ・マハルを見たかった。僕は一直線でタージ・マハルへと向かった。どうしても観光客で埋め尽くされていない、明け方のタージ・マハルの姿が見たかったし、写真に収めたかったから。

直感でスポットを決めて、素早くシャッターを切ると、気持ちが落ち着いた。

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建物も床も、大理石や半貴石を埋め込み細工を施した、まるで宝石のような建造物。

正面からのタージ・マハルの姿をカメラに収め、より近くまで行ってみることにした。ムガル帝国時代、時の皇帝シャー・ジャハーンが、国の経済が傾いてまで建設した建造物。

愛する妻の墓として建設されたこの建造物は、建材に大理石や半貴石を使用し、建物というよりは宝飾品のような存在と表現した方がしっくりくるかもしれない。完成から350年以上経過しているのに、未だに古さを感じさせない美しさがそこにはあった。

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別の角度から。朝焼けの絶妙な色彩の空とタージ・マハル。

インド政府もこのタージ・マハルをインドの象徴と捉えているのだろう、入場時の厳しい手荷物検査はもちろん、敷地内は綺麗に手入れされ、床の大理石もピカピカに磨かれていたのが印象的だった。なんとなくインドの威信を感じてしまった。

タージ・マハルを見学する際は、できるだけ持ち物を持って行かないようにした方が良さそう。それこそカメラだけ持って、手ブラでもいいくらい。

何はともあれ、ホントに間に合って良かったよ。


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2010'07'24(Sat)19:56 [ アーグラー ] CM0. TB0 . TOP ▲