見上げれば、そのすべては自由なのだから  GOLD EXPERIENCE: 世界を旅する黄金体験
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夜空の下で
これまでの記事で、マハーボディ寺院の本殿周辺とブッダの菩提樹を紹介しましたが、夜空の下、もう少しだけこの寺院の敷地内を散策してみたいと思います。

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満月でこそ無かったが、記憶に残る美しい空だった。

見上げると、頭上には月が浮かんでいた。鮮やかなナイト・ブルーの空は、今や夜の風情を醸していた。僕はブッダの菩提樹から離れ、寺院の敷地内を散策することにした。

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ストゥーパが立ち並ぶ、マハーボディ寺院の敷地内の風景。

寺院の本殿から少し離れると、たくさんの巡礼者が一心不乱に祈りを捧げる先ほどまでの景観から一変し、静かで落ち着いた雰囲気の庭園が広がっていた。

敷地内には “ストゥーパ” という、インド仏教の墳墓が立ち並んでいた。こういった風景はタイなどの遺跡群にも通ずるところがあって、どこか雰囲気的に近いような気がした。ストゥーパは本来は仏舎利を納めたものであるが,紀元前3世紀にアショーカ王が各地に建ててからは記念碑的性格も帯びるようになったとのこと。日本の寺にある墓地みたいなものだろうか。

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ブッダの菩提樹よりは若そうな、葉がたくさん付いた菩提樹。どことなく元気そうではある。

敷地内の庭園には、本殿周辺で奉られているブッダの菩提樹以外にも数本の菩提樹があり、こちらは周囲を塀で囲われていないので、より身近に菩提樹を感じることができた。また、ブッダの菩提樹に比べ、葉がたくさん付いていたのが印象的だった。その大きさもなかなかのものだったが、葉がたくさん付いていたので、ブッダの菩提樹よりは若木なのかもしれない。

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カーストを連想させる、三角型の仏塔。(左)寺院壁面にあしらわれた、金色のブッダ像。(右)

マハーボディ寺院の本殿入り口手前付近で、興味深い仏塔(オブジェ?)のようなものを見つけた。中央最上部に大きな金色のブッダ像があり、その周囲に中くらいの像が取り囲むように配置され、下に行くにつれ像が細かくなっていくという三角型の仏塔。

僕は仏教にはあまり詳しくないので、仏塔に配置された各々の像が何を表している像なのかは分からなかったが、率直に見た感想としてはカーストのような身分や階級のようなものを感じた。ヒンドゥ教のカーストに対し、ブッダは階級のない社会を説き、カースト制に反対したと言われているが、この仏塔を見ているとなんとなく矛盾した部分を感じなくもない。

もっとも、この仏塔を建てたのはブッダ本人ではないので、なにか別の意図があるのかもしれないが、もし仏像に階級のようなものがあるのだとしたらと考えると、非常に興味深い。

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敷地内の菩提樹は、本殿から離れた位置にあるので、雰囲気のある写真が撮れた。

インド国内で仏教が消滅した後の、現在の仏教の聖地や寺院の多くは “ヴィシュヌ神”(ヴィシュヌの22の化身の1つとしてのブッダ)を祭る場としてヒンドゥ教徒により管理されているので、もしかしたら仏教がヒンドゥ教の管理下にあるという事が影響しているのかもしれない。

仏教は日本では非常に重要な存在であるだけに、時折、インドにおける仏教の不遇さに驚かされてしまうこともある。ヒンドゥ教ではブッダは悪の象徴であるかのように描かれ、近年ではブッダをヴィシュヌ神の化身と位置付けるということに、ヒンドゥ教徒やカースト制度の恩恵を受ける上位カースト層から偏見や反発が生じているほどだという。

階級や身分による差別を良しとしない日本人の気質には、ヒンドゥ教のカーストが理解しづらいところもあるが、当のインド人の大半が、仏教ではなくヒンドゥ教を自らの真理に選んでいるというのは紛れもない事実で、彼等をそれほどまでにヒンドゥ教に惹きつけるのはなぜなのかを考えてみると、インド人を少しだけ理解できるのかもしれない。


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2010'10'04(Mon)23:30 [ ブッダ・ガヤー ] CM0. TB0 . TOP ▲