見上げれば、そのすべては自由なのだから  GOLD EXPERIENCE: 世界を旅する黄金体験
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写真との出会い part-2
学生時代、通っていた大学のマーサ先生から、カメラマンの夫の仕事を手伝って欲しいと頼まれて引き受けた仕事、これがその後僕が写真と密接に関わっていくきっかけとなるのだが、実はこの仕事には大きな苦難が待ち受けていたのだ。

冬の早朝8時頃、マーサ先生の夫(以下Iさん)が勤務する写真事務所を訪れると、石油ストーブで暖を取る彼の姿があった。一緒にストーブを囲みながら温厚な彼から仕事の説明を聞いていると、しばらくして事務所に「有名なカメラマンの先生」が入ってきて、これまでの静かでまったりとした空気は一変し、慌ただしい緊張感に包まれた。

年の頃は50代、いや60代だろうか。見た目というか雰囲気がガッツ石松にちょっと似ている。この先生(以下ガッツ先生)、短気でとてつもなく口が悪く、見た目も完全な悪役ヤクザキャラ。そう、苦難とはこの「有名なカメラマンの先生」の事なのだ。

彼は事務所に入ってくるなり、僕にはほとんど目を向けず、Iさんに「撮影現場に向かう準備はできてるか?」と言い放ち、すぐに撮影現場に向かうことに。自己紹介をする間もなく、慌ただしく撮影機材を小型のバンに積み込み、出発した。バンの運転はIさんがしたのだが、ガッツ先生はえらくご機嫌ナナメな様子で、ブツブツと文句をつぶやいていた。文句というかなんというか、歩行者や車の前を横切る人たちにも「おい、このクソじじいどけよ!」みたいなかんじ。終始このノリで1日が進み、その日は夜10時頃撮影が終わり解放されたのだった。

初めての写真の仕事は連日このような感じで過ぎていき、しばらくの間はIさんも一緒に仕事をしてくれたので、僕自身も少しづつ仕事を覚えていった。その中でいくつか分かったことがあって、当初ガッツ先生はご機嫌ナナメだと思っていたのだが、それが地の性格であるということ。なんとも困った性格なのだが・・・。それから、ガッツ先生が仕事をするのはシャッターを押す時だけ、ということだ。撮影機材を全て積み込み(これがハンパな量じゃない)、撮影現場までバンで向かい、機材のセッティングをし、光量を調整し、さあ撮影するぞ!って時にようやく椅子から立ち上がってカメラに向かうのである。準備が整うまでは現場で出されたお菓子を食べたり、モデルや外部の関係者達と話をしたり(ほとんど仕事の話ではない)している。

今思えば、一応師事しているという立場でもあったIさんに撮影を任せる事で、技術を伝授するという意図もあったのかもしれないが、そんなことは露ほども知らない当時の僕からすれば、なんちゅー先生だ!?というのが正直な感想だった。

撮影の仕事は、モデル撮影以外にも、料理本の写真を初めとする「物撮り」も行った。時期も関係しているとは思うが、比率的に料理の物撮りが多かったように思う。撮影は大抵夜10時頃まで及び、時々終電近くになる事があった。撮影する場所も様々で、基本的に車で行ける関東近郊ではあるのだが、少し郊外の場合もあった。そんな日々が過ぎていき、ついにIさんがメキシコに行く日がやってきた。明日からIさんはいなくなり、ガッツ先生と2人きりになるのだ。

Iさんがメキシコに行ってしまって、Iさんがこれまでいかに潤滑油として重要な役割を果たしていたのか、どれほど僕をサポートしてくれていたのかがよく分かった。というのもガッツ先生は、Iさんがいなくなると、その役割を全て僕にやらせたからだ。バンに撮影機材を積み込む朝の儀式はもちろん、バンの運転も僕がすることになった。それまで実家のハイラックス・サーフ(4WD)を運転していたので、運転自体は未経験ではなかったのだが、仕事用のバンで、しかもマニュアルだったので、車両感覚や運転での戸惑いはあった。

相変わらずガッツ先生は撮影直前まで放置だったので、ちょっぴり憎たらしかったが、光量を計ったりはしてくれた。1人になり、最初は不慣れで戸惑った撮影機材のセッティングも、見様見真似でなんとかできるようになっていった。ただ、時々撮影機材を忘れることがあって、撮影の途中に事務所まで取りに行かされることがあった。撮影現場が神奈川のどこかだったりすると、もう大変だ。時には事務所から85㎜のレンズを持ってやっとのことで撮影現場まで戻ったのにも関わらず、「あ、やっぱりもういらない」と言われることもあった。今みたいにケータイがないから簡単に意思の疎通ができず起きてしまう、ひどい事故だ。

しかしこの仕事の最大の困難は“そこ”ではなかった。ガッツ先生は飲むんです、お酒を。それもほぼ毎日撮影が終わった夜10時以降に。撮影の後、いっつも赤羽の方の行きつけの飲み屋まで運転させられて連れて行かれ、終電近くまで付き合わされるんです。その時何を話したのかはさーっぱり思い出せないのですが、そろそろ帰らないと終電がなくなる!って時間まで付き合ってました。その後もガッツ先生は1人残って飲んでいたので、いつも僕一人で帰ることになるのですが、最初のうちは車で来たので今いる飲み屋の場所がどこかも分からず(それがまた駅前とかじゃないんです)、毎夜終電の時間に切迫された深夜の街を彷徨って帰った記憶があります。慣れない仕事で毎日ヘトヘトだったので、正直言ってこれが一番つらかった。

初めての写真の仕事は、このガッツ先生との付き合いが仕事の内容よりも強烈に印象に残っています。そんなガッツ先生なのですが、撮影で訪れた柴又で“うな重”をごちそうになった事もあるので、きっといい人なのだろうと思います。一癖あるキャラではありますが、僕自身も未熟だったので、今思えばいい思い出です。仕事とはいえ、いろんなとこに行けたしね!
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2009'12'23(Wed)20:58 [ ひとりごと ] CM0. TB0 . TOP ▲
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