見上げれば、そのすべては自由なのだから  GOLD EXPERIENCE: 世界を旅する黄金体験
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火葬場のガート
揚子法言” という古い中国の思想書に「始め有るものは必ず終わり有り」という有名な格言がある。言葉通りの意味で、物事には必ず始めと終わりとがあって、生あるものは必ず死に、栄えるものはいつか滅びるのだということを示唆している。

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日の出前に沐浴をする人々。水面に街灯の光が反射している。

ガンジス河のガートには、遺体を火葬する火葬場のガートがある。以前の記事でも記述したが、ヒンドゥ教では、ガンガーの近くで死んだ者は生と死の輪廻から解脱できると言われており、それ故に信者にとってこの地は理想的な死に場所とされている。

そのような事情もあってか、ヴァラナシは別名「大いなる火葬場」とも呼ばれており、この地にはインド中から遺体が運ばれてくる。12億にも及ぶインドの人口を考えると、毎日一体どれだけの遺体がここに運ばれて来るのか想像もつかない。

明け方、街灯がほの暗いガートを煌煌と照らす中、僕はいつものボート乗り場へと向かっていた。まだ太陽が昇る前だというのに、ガートには既に沐浴をする人たちの姿があった。

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沐浴する者、体を洗う者、水を汲む者。ガートでは様々な人々の人間模様が垣間見える。

今回のガイドはサントスの兄貴。連日利用していたので、すっかり顔馴染みになっていた。見たい場所がたくさんあった。特に火葬場のガートは、いつもより近くに寄って、間近で見てみたいと考えていた。彼に考えているルートを伝えると、すぐにボートは出発した。

ガンガーの河沿いには、“マニカルニカー・ガート”(Manikarnika Ghat)と “ハリシュチャンドラ・ガート”(Harishchandra Ghat)という2ヵ所の火葬場がある。特に有名なのは、中心に位置するダシャーシュワメード・ガートにほど近いマニカルニカー・ガートだろう。

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ガートには大量の薪が積み上げられ、火葬による煙が上がっている。

僕の乗ったボートは一路火葬場のあるマニカルニカー・ガートへと向かっていた。ボート乗り場のあるミール・ガートからマニカルニカー・ガートまではそれほど距離はないので、すぐにモクモクと白い煙を上げているマニカルニカー・ガートの姿が見えてきた。

マニカルニカーという名前は、“宝石の耳飾り” を意味し、その昔、ヴィシュヌ神が池のほとりで苦行に励んでいるとシヴァ神が現れ、どのような願い事も叶える約束をし、ヴィシュヌ神がシヴァ神のいるこの場所に永遠に住みたいと願うと、シヴァ神は歓喜にうちふるえ、耳飾りが池の中に落ちたという神話に由来しているのだそうだ。

ロンリープラネットによると、パールヴァティ神が落とした耳飾りをシヴァ神が掘り返したという、全く別の記述がなされているため、この神話には多説ありそうだ。

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火葬場には早朝からたくさんの人が集まっていた。神聖で緊張感のある場所だ。

ボートを漕いでいるサントスの兄貴は、もっと近くでマニカルニカー・ガートを見てみたいという僕の意向を組んで、川岸に隣接するように近づいていく。基本的に火葬場での写真撮影は禁止されているので、サントスの兄貴に「こんなに近づいて撮影しても大丈夫なのかい?」と聞いてみたら、「この距離なら問題ない、大丈夫だ」というので、シャッターを切った。

というのもマニカルニカー・ガートでは、高額な寄付や薪代を要求されたり、勝手にガイドをされるなど、観光客を巡るトラブルが頻発しているようで、中には写真撮影をして危険な目に遭ったという話も聞く。確かに自分の身内が目の前で焼かれているのに興味本位で撮影していく観光客に感情を害するのは無理もない。そこは日本でも同じだろうと思う。

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遺体を焼く燃えさかる炎。後ろには牛の姿も。(左)死者の魂を弔うために河に浮かべる花。(右)

遺体は男性は白、女性はオレンジの布に包まれ、まずシヴァ神を祀るターラケーシュワル寺院のリンガのそばに安置される。死者の耳にシヴァ神のターラカ・マントラ(救済の真言)を囁くことで、生前いかなる罪を犯した者でも解脱出来ると言われている。

火葬の前にはガンガーの水に浸される。その後遺体を薪の上に乗せ、喪主が火を付ける。荼毘に付された後の遺灰はガンガーへ流される。しかし、貧乏で薪代が払えない人、子供、妊婦、出家遊行者、蛇に噛まれて死んだ人は火葬せずにそのまま流されるという。子供と出家遊行者は石の重りを括り付けて川の深みに沈められるのだが、子供はまだ十分に人生を経験していないから、出家遊行者はすでに人生を超越しているからという理由なのだそうだ。

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途中のクシェーメーシュワル・ガートにて。水位が上がっても沐浴できるよう工夫されている。

さて、ボートはマニカルニカー・ガートから、もうひとつの火葬場があるハリシュチャンドラ・ガートへと向かった。ハリシュチャンドラ・ガートははるか上流に位置し、マニカルニカー・ガートからはかなり離れた場所にある。ヴァラナシのガートの中心エリアを挟み込むような形で上流と下流の両端に火葬場のガートが存在している格好になっている。

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もう1つの火葬場、ハリシュチャンドラ・ガート。マニカルニカー・ガートとは随分趣が異なる。

ハリシュチャンドラ・ガートはヴァラナシでは最古のガートのひとつで、マニカルニカー・ガートと同様に24時間火葬の煙が絶えることはない。2つの火葬場はドームという同じ一族が取り仕切っており、働く人々も共通であり、交代勤務で働いているのだそうだ。

ハリシュチャンドラ・ガートは、先程のマニカルニカー・ガートとは随分趣が異なる。マニカルニカー・ガートが公開火葬を行う伝統的なヴァラナシの火葬場をイメージするのに対し、こちらはどこかこざっぱりとした、かなり現代的な火葬場といった佇まいだ。

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少しズームしてみると、薪がきちんと整頓されて積み上げられているのが分かる。

周囲を見渡してもそれほどたくさんの人がいるわけではなく、どことなく落ち着いた雰囲気だ。屋内でシステマティックに火葬が行われているという印象を受けた。

ちなみに、ハリシュチャンドラ・ガートのすぐ近くには “ケダール・ガート”(Kadar Ghat)という霊場のガートがあり、南インドの巡礼者たちが沐浴や祖霊供養をしている。ここには、ヒマラヤ山麓にある “ケダールナート寺院” を勧請したガートと同名の寺院があり、南インドとの結びつきが強く、ベンガル人や南インド人に人気があるようだ。

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夜明け前の穏やかなガンガーの水面に、空の色が染まっていく。

ヒンドゥ教徒は墓を持たない。それ故に死者を火葬し、ガンガーへと流す風習は非常に重要な意味合いを持っている。そしてその代わり、命日などの祖霊供養は欠かさない。

彼等にとって、死は穢れであり、火が死者を天に昇らせる唯一の方法だと考えられており、生前の行いの結果(カルマ)により転生し、新たな生がもたらされるという。

僕を乗せたボートは、生と死が交差するガンガーをゆっくりと進み始めた。
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2010'09'15(Wed)18:19 [ ヴァラナシ ] CM2. TB0 . TOP ▲
COMMENT


お墓は要らないな~(笑)
火葬してキレイな南国の海に散骨してくれたら
充分かな~(笑)

たいそうな葬儀も要らないし、ごくごく身内だけで
済ましてくれたらいいなあ。。。

変に長生きしたら?

死期を悟ったらインドのヴァナラシに行って
死を迎えるかな?←結構マジ(笑)

chempakaでした!
2010/09/17 00:17  | URL | chempaka #- [edit]


chempakaさん、こんにちは!

今の日本の若い世代はあまり宗教色が強くないので、
比較的自由な発想の人が多いかもですね~。
chempakaさんと同じような感覚の人は意外に多い
のではないでしょうか。

まぁ若い世代と言えるかどうかは微妙なとこですが、
僕もそれほどお墓にはこだわらないかなぁ。

でも死ぬ場所は、そうだな~・・・どこか景色のいい
場所がいいですね。まだあんまりイメージ湧かない
ので、何とも言えないですが。
2010/09/17 20:00  | URL | Garyo #- [edit]
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