見上げれば、そのすべては自由なのだから  GOLD EXPERIENCE: 世界を旅する黄金体験
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セーナー村にインドの原風景を見た
求めていたインドの原風景。それは心に描いた原初の風景。

ブッダ・ガヤーの東を流れる “ナイランジャナー川”(Niranjana/Phalgu River)を渡ると、その先に “セーナー村”(Sena Village)という名の小さな集落がある。

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美しい田園風景の中を、大きな植物や収穫物を頭に載せて運ぶ、たくましい女性たち。

橋を渡って村に入ると、それまでの乾燥した大地から一転し、そこにはのどかな田園風景が広がっていた。それはまるで幻のようだった。周囲には穏やかな風が吹きすさび、風が通り過ぎる度に新緑の稲穂がサワサワと美しい音色を奏でていた。その心地良い風のせいか、不思議と暑さを感じなかった。僕は田園の中に吸い込まれるように引き寄せられ、佇んでいた。

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田園の中の小道を収穫物を手に歩く女性たち。(左)農作物の収穫に勤しむ女性たち。(右)

一面に緑が広がる田園では、稲や麦をはじめ、様々な作物が育てられていた。そして、日中の強い陽射しの中、農作業に明け暮れる女性たちの姿があった。彼女たちは収穫した大量の作物を頭に載せて運び、時には身の丈を越えるような植物を運んでいた。ただひたすらに黙々と農作業に没頭する姿が目に焼き付いた。古の時代から変わらぬ風景がそこにはあった。

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村の奥へと続く1本道の両脇には田園風景が広がっている。

両脇に稲穂が風になびく、田園の細い小道に佇んでいると、脇に自転車を携えた1人の青年が話しかけてきた。彼は「村の案内をしたい」と言うのだが、僕は「自分のペースで見て歩くから気にしないで」と言って、しばらく田園風景に見入っていた。それでも彼は僕のそばから立ち去ろうとせず、話しかけてくるので、これは何か別の意図があるなと直感的にピンときた。

長い旅の経験から、必要以上に親切を押し売りしてくるこういうシチュエーションは、必ず何か別の意図(大半は金銭)があることを感じていた。こんな時は少し注意を払った方がいい。僕は彼との会話に耳を傾けながらも、あくまでマイペースに村の奥へと進んでいった。

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民家の脇には山羊の姿が。(左)小屋の外で寝る老人。(右)

セーナー村は小さな集落で、橋を渡った入口にこそ小さな商店があるようなものの、村の中にはいわゆる一般的な商店やレストランの類は皆無だ。舗装されていない一本道の両脇には美しい田園風景が広がり、その先には村人たちが住んでいる小さな藁葺き屋根の小屋が無数に立ち並んでいる。田園や道には牛や山羊の姿があり、原初のインドの風景を感じさせる。

おおよそ現代的ではないこの小さな集落からは、ある種の貧しさが漂ってはいるが、文明から隔絶されているとはいえ、美しい田園風景からは大地が恵む豊かさも感じた。

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日本人の寄付により建てられた学校ということらしいが・・・。

集落を散策しながら少しずつ奥へと歩いて行く。先ほどの若者は、そんな僕の後につかず離れずの状態でついてくるのだった。しばらくすると、村人たちが住んでいる小屋とは明らかに異なる、がっしりとした建物が目に入った。建物には大きな文字で “スジャータフリーチルドレンスクール これは日本語の学校です” と日本語とヒンディで書かれていた。

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教室の中。奥の棚には教科書が積まれていた。(左)案内してくれた青年と校長。(右)

すると先ほどの若者が、「ここは日本人が寄付して建てた学校で、貴方に紹介したい人がいます」と言って建物の中にその人物を呼びに行った。その無理な展開に、これはアレだなぁ・・・と思っていると、学校の校長先生という人物を連れてきた。彼はしきりに学校の説明をしてくるので、なんとなくその後のシナリオは読めてはいたけれど、彼の話に耳を傾けた。その日は休校日なのだそうで、子供たちの姿は見かけなかったが、教室の中を見せてもらった。

貧しくて子供たちの教材や文房具が行き渡らないという趣旨の説明を受けたが、あいにく僕には手持ちのお金は皆無だった(布製の簡易なサブウォレットに1日に必要な最低限の金額のみを持ち歩くようにしていた)し、こういう行きずりの寄付が、必ずしも(おそらく大抵の場合)子供たちの為に使われないということを知っていたので、「寄付することはできないけど、写真や文章でこの話を伝えることはできる」と彼に言うと、納得してくれた。

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スジャーターの家の跡。そもそも2500年前の牛飼いの家の跡が残っているというのが不思議。

学校を出て、さらに奥へと進むと、古墳のごとく山状にレンガが積まれた遺跡のような建造物が姿を現した。どうやらこれがスジャーターの家のようだ。スジャーターは苦行で衰弱したブッダに乳粥を供養した牛飼いの娘で、この村のシンボル的な存在になっている。

レンガ造りの圧倒的な大きさの建造物は、崩れているとはいえ、もしこのレンガが建物の基盤なのだとするのであれば、2500年前に建っていたとされる当時のスジャーター家はとてつもない大きさであることが容易に想像できる。この村の住民たちが住んでいる藁葺き屋根の小屋とは随分違うなと感じた。当時の牛飼いはこんなに立派な家に住んでいたのだろうか。

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かつてのスジャーターを思わせる、水牛の群れをまとめる少女。(左)作物を収穫する女性たち。(右)

再び田園風景へと目を向ける。田園にはたくさんの水牛の姿があった。1人の少女が水牛の群れをまとめていた。牛飼いの娘だったスジャーターもきっとこんな感じだったのかもしれないな、などと感慨に耽っていると、その少女が水牛の群れと共に近づいてきた。彼女は僕に向かってなにやら叫んでいる。どうやら金をくれという趣旨のようだ・・・むむむ、どうもこの村はのどかな田園風景とは裏腹に、訪れる旅行者にたかるのが基本になっているらしい。

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風になびく稲穂と、人々が暮らす小屋。その美しい風景の裏側には・・・。

相変わらず心地良い穏やかな風が吹いていた。風になびく稲穂は、もうしばらくしたら金色に光り輝くに違いない。大地の恩恵を存分に受けた、この美しい田園風景と共に暮らす人々。その美しい風景の裏側では貧困と対峙する日々が隠されているのかもしれない。

そんな複雑な思いを胸に、セーナー村を後にした。
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2010'10'15(Fri)20:20 [ ブッダ・ガヤー ] CM2. TB0 . TOP ▲
COMMENT


いつも素敵な写真と共に、楽しく読ませて頂いてます。
ところで、スジャーターって、あのスジャーターさんですよね。現実に存在したんだ~というのが、今更ながらとても新鮮に感じました。
2010/10/16 19:05  | URL | yoyo #- [edit]


yoyoさん、はじめまして!

yoyoさんもインドの旅を経験されているようで、僕とはまた
違ったインドの世界が素敵だなと思いました!

スジャーターなのですが、仏教の経典の中では実在する人物
として登場し、現在に伝わっているようです。

ただ、なにせ紀元前500年頃の時代(それも正確には不明)なのと、
宗教が関連すると、長い歴史の中で様々な形で脚色されてしまう
ところがあるので、どこまでが真実かは計りかねます。

僕がセーナー村で見たスジャーターの家跡は、家というより仏跡
と表現した方が近いような佇まいでした。

なので、もしかしたら後世の仏教徒が記念碑として建てたのかも
しれないですし、以前の村人たちが建てたのかもしれません。
2010/10/16 21:34  | URL | Garyo #- [edit]
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