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古代ローマ人の贅沢ぶりがすごすぎる
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古代ローマ市民の生活ぶりは、想像を絶する贅沢ぶりだった。

イタリア半島中部に位置した多部族からなる都市国家から始まり、領土を拡大して地中海世界の全域を支配する世界帝国までになった “古代ローマ”(Roma Antiqua)。物質的に満たされたローマ帝国におけるローマ市民の生活は、現代から見ても驚くほど贅沢だったようです。ローマ市民であるだけで、食べ物と娯楽を無償で与えられ、豪華な公衆浴場に宴会、男女ともに浮気は当たり前、果てはコロッセオでの見世物など、特に富裕階級の生活ぶりは、歴史上稀に見るほどの贅沢ぶりだったといいます。とても興味深いのでちょっとまとめてみました。


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ローマの市民は贅沢三昧だった
物質的に満たされたローマ帝国における、富裕階級の贅沢な生活ぶりは、歴史上稀に見るものであったといっても決して言い過ぎではない。広大な属州から搾り取った富がローマ市にはどんどん流れ込んでくる。その富がローマ市民にばらまかれた。

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「パンとサーカスの都」
ほとんどタダで食べ放題、遊び放題。この言葉は権力者が市民に食糧(パン)と娯楽(サーカス)を無償で与え、市民は政治に対して盲目であるということを痛切に指摘した風刺です。ローマ市民であれば何も財産がなくても食べるに困らず、娯楽も只で提供された。

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豪華すぎる公衆浴場
ローマ時代の浴場は、温浴槽、熱浴槽、冷浴槽が完備。しかも寒い時期には床暖房も完備。運動する場があったり、図書館が併設されていたり、銭湯というよりは一大娯楽施設だ。多くの人が集まるため、社交の場としても機能していたらしい。

お腹がすけば食堂があるのでそちらへ向かい、最悪でも6皿の料理を頂けた。そのうち2皿は肉料理であったという。もちろんこれらもサービスの一環で、食べても別料金は一切取られない。

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常軌を逸したローマ貴族の宴
とりわけ、貴族たちの贅沢は凄まじかった。貴族階級は食事の時だけ着る使い捨ての服を着用し、寝そべった状態で宴会を始める。ローマの宴会はだいたい四時に始まり深夜にまで及ぶ。この間延々と食べ続けるわけであるが、その量にも驚かされるが、その内容の多さ、贅沢さは現代に匹敵するかあるいはそれを上回るかもしれない。

ウィテリウス帝自身が奉納した大皿には、ベラの肝臓、キジと孔雀の脳みそ、フラミンゴの舌、やつめうなぎの白子が混ぜ合わされていたという。

嘔吐が贅沢?
これは有名な話だが、ローマ人はより味覚を貪るために、宴席で腹いっぱい食べた後、意図的に食べた物を吐くことを習慣としていた。おなかを空にして、改めてまた食べる。腹がいっぱいになって吐くときのために、喉をくすぐる鳥の羽や吐瀉剤もあらかじめ用意されていたほど。この宴席では、ゲップは礼儀と考えられていたようで、クラウディウス帝は、オナラをすることの自由を法律で定めることを考えていた、と歴史家スエトニウスは書き残している。

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湯水のごとく散財する
彼らの生活は散財する事に情熱をかけ、それが地位・富の象徴だったアピキウスという大金持ちの話があります。アピキウスは食道楽でさんざん浪費したあと、あと10億円財産が残っていたのに、貧乏では生きている意味がないと言って自殺した。

性の乱れ
男女ともに浮気は当たり前。「堕胎」と「子捨て」が頻発した。子供は邪魔扱いされ、妊娠中絶が流行した。

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おしゃれにも贅沢
良家の奥方は、朝の化粧に使う時間が3時間を下らず、それに使う奴隷も六人を下らない。浴室はカミソリ、ハサミ、大小のブラシ、クリーム、おしろい、ポマード、油、石鹸でいっぱいである。毎日牛乳風呂で旅行には乳牛の一群を引き連れるブランドを好む傾向も2000年この方変わらないようで、シルクはコス島のもの、緋色の染料はテュロス、が女性たちの憧れのブランド。

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恐るべきコロッセオ
コロッセオは、かつては5万人以上の収容を誇るスケールの大きなものだった。最も人気のあったのは、剣闘である。獣と獣、人間と獣、人間と人間が、大観衆の面前で互いに殺し合うのである。ゲームとしての「殺人」が行われた。このような殺伐とした闘技や残酷な処刑を、古代ローマ人は娯楽として、貴族から貧民に至るまで熱狂して観戦したという。傷ついた敗者が命拾いするかどうかは観衆次第。親指が上に向けば「助命」、下に向けば「殺せ」のサインだ。勝者は拍手喝采を浴び、詩人にたたえられ、ご婦人方に愛された。開催されるたび、数千人もの剣闘士が死にました。有名なスパルタクスの反乱はこうした背景から起こったのです。

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悲惨な奴隷
ここまで見てきたような古代ローマ人たちの贅沢な生活は、征服地からタダで送られてくる奴隷によって成り立っていた。豊かでゆとりのあるローマ市民の生活を支えていたのは膨大な奴隷たちであり、属州の人々であった。ローマ社会において奴隷は、農園や鉱山での労働に非常に盛んに使用され、待遇は酷いものであり、様々な記録の中で悲惨さが描かれている。上流階級の家では、10人前後の奴隷を使用していたという。奴隷の扱いは相当ひどいものであり、「人」というより「物」として扱われていたらしい。

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快楽を追求し、その極みに立った古代ローマ。一方でその裏には退廃し堕落しきった現実がありました。ローマはやがて衰退の一途をたどり、4世紀末には分裂してしまいます。

人間は豊かな生活を目指して生きているが、一度何不自由ない豊かな暮らしを手に入れると堕楽し、滅びの道を歩んでしまうということが、過去の歴史から垣間見えます。


参考記事: 史上空前の快楽都市「ローマ」がメチャクチャすぎる


  

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2013'11'12(Tue)19:17 [ World 'Unique' News ] CM2. TB0 . TOP ▲
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ポンペイの観光からもそのようなことが充分想像されましたね。
嘔吐まで、しなくてもねぇ~
2013/11/13 05:45  | URL | 和 #mtYTAWfU [edit]


和さん、こんにちは!

ポンペイは、当時のローマ人たちの生活ぶりが想像できるほど
保存状態が良くて、僕も驚きました。

食べ物に不自由しない暮らしというのは、現代社会に生活している
僕たちでも憧れてしまいますが、満たされすぎると人は堕落し、
滅びの道を歩んでしまうのですね〜・・・

なかなかバランスを取るが難しいものですね。
2013/11/13 21:37  | URL | Garyo #- [edit]
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