見上げれば、そのすべては自由なのだから  GOLD EXPERIENCE: 世界を旅する黄金体験
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ヒマラヤ・トレッキングに出発
ネパールを旅したいと思った目的のひとつ。それは、ヒマラヤ・トレッキングだ。神々しいヒマラヤの山々に抱かれトレッキングを楽しむのは、ずっと憧れだった。

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スタート地点は街道沿いの小さな集落から。まずは、ひたすら上を目指して登る。

ネパールのヒマラヤ・トレッキングは、いくつかのトレッキング・エリアに分かれている。ポカラ周辺は “アンナプルナ”(Annapurna)と呼ばれるエリアで、ネパールの数あるトレッキング・エリアの中でも特にトレッキングが盛んな代表的なエリアだ。ヒマラヤ・トレッキングは、ネパールでは主要なレジャーのひとつなので、大抵のホテルでトレッキングやガイドの斡旋をしている。宿選びの際は、その部分を選択の基準にするのもいいかもしれない。

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上に向かって延々と石段が延びている。手入れされ、比較的整った道だ。

早朝・・・というほどでもない朝、僕と先生はホテルで朝食を食べ、ヒマラヤトレッキングに出発した。食事中に、ホテルのオーナーに現地のガイドを紹介され、一緒にテーブルを囲んで話しながら出発までの時間を過ごした。ガイドは30歳前後の現地の男性だ。ガイドの彼は、僕を見るなり「何か格闘技でもしているのか?」と聞いてきたが、「いや、ランニングやトレーニングだけだ」と答えた。若い頃ほどではないが、アスリート寄りの筋肉質な体型なので、実はこういうやりとりはよくあったりする。でも実際のところ、結構衰えてるんだけど・・・。

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急な石段をひたすら上に登っていく。

ヒマラヤ・トレッキングはガイドがいなくても可能だが、現地の地理に疎い旅行者にとって、トレッキングのルートをサポートしてくれるガイドの存在は必須に近い。しかし、ガイドとのトラブルがあるのも事実なので、信頼のおけるホテルに斡旋・紹介してもらうのが安心だろうと思う。そういう意味ではトレッキングが主目的の場合、ホテル選びは重要な要素かもしれない。バックパッカーでも、時には安宿以上のホテルに宿泊するのもありだろう。

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急な石段を登り、下を見下ろす。スタート地点のフェディの集落がずいぶん小さく見える。

朝食を終え、ポカラのホテルから車でトレッキングのスタートポイントへと向かう。“フェディ”(Phedi)という名の街道(バグルン自動車道)沿いの集落から、上に延びている石段を、ひたすら登っていく。フェディは標高1220mと決して標高は低くはないが、トレッキングをするのは標高1800m前後の山の尾根なので、まずは上を目指さなければならない。

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途中、休憩している現地の女性2人と出会った。

石段はきちんと整地され、きれいに積み上げられているので歩きやすいが、なかなか急な斜面なので、結構体力を消耗する。途中、山の中腹の少し開けた場所で、休憩している現地の女性2人と出会った。2人共、普段着といった佇まいだったので、もしかしたら毎日のように日常的にこの石段を行き来しているのかもしれない。だとしたらすごい体力だ。

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徐々に周囲に木々が生い茂った場所に。下には街道に沿って大きな川が流れている。

登っても、登っても、なかなか上に着かない。まだトレッキングはスタートしたばかりなのだから当たり前なのかもしれないが、息が切れる。ガイドの男性はいつものことのように平然と登っている。さすがだ。普段トレーニングをしていてこれだから、自分が情けない。

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石段を登り詰め、少し開けた場所に出た。ここから下の集落を望むと、なかなかの絶景だ。

ようやく少し開けた場所まで登り詰めた。石畳の小道はまざ続いているが、これまでに比べると坂はよりフラットだ。スタート地点から少しは登ったから、標高でいうと1600mくらいだろうか。まだまだ高山病になる高さではない。一般的には高山病は、2400m以上の高山で、地上と比べて空気が薄いために酸欠状態に陥り、頭痛、吐気、眠気、目まい、手足のむくみ、睡眠障害、運動失調など、様々な症状が現れることを言うのだそうだ。

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先ほどよりは傾斜が少なくなったので、少しは楽だ。

ネパールでは「登山」と「トレッキング」を、6000m以上の山の登頂を登山、それ以下の山々を歩くことをトレッキングと、両者を明確に区別しているのだが、その基準で考えると、富士山をはじめとする日本の山々は、登山には該当しないことになってしまう。でもまぁ、確かにこれだけ8000m級の山々に囲まれ、2000m近い山の尾根でも人々が普通に暮らしているような環境であるなら、その基準も分からなくはない。また、ヒマラヤ登山ともなれば、高額な入山料と本格的な装備が必要になってくるから、気軽に登山というわけにもいかない。

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木々の合間から、ネパールのマッターホルン、マチャプチャレの鋭角な山頂が見える。

石が敷き詰められた小道を進むと、山の尾根らしき場所に出た。高台まで登ったせいか、それまで近隣の山々に囲まれて見えなかった遠景が見え隠れしていた。木々の隙間から、遠くに見覚えのある雪山が見える。それは、サランコットの丘の展望台で見た、あの “マチャプチャレ”(Machhapuchhre)だった。それは、雄大なヒマラヤ・アンナプルナをバックに、ずっと憧れていたヒマラヤ・トレッキングがスタートした瞬間だった。


  




2011'09'01(Thu)19:00 [ ポカラ ] CM2. TB0 . TOP ▲
ポカラの午後は、飲んで食って、迷って、また食って!?
僕たちがサランコットの丘からポカラの町に戻ってきたときには、すっかり午後になっていた。腹が減っては戦はできぬということで、遅めの昼食を食べに行くことにした。

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タカリ・ターリーは180ルピー。ダルバートはネパールの基本食だ。

ポカラの本格ネパールレストラン、“タカリ・キッチン”(Thakali Kitchen)。メニューは比較的リーズナブルな値段帯なのだが、民家を改装したような造りの店内は、落ち着いた雰囲気で、やや高級なプライベート・レストランといった佇まい。注文したのは、もちろん “ダルバート”(Dhal Bhat)。ダルバートは以前の記事(ネパールを食らう)でも紹介したが、ネパールの国民食だ。ネパールを旅すると、あらゆる場所で食べることになる。

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オマケでライスの上にディロを付けてもらった。ディロは・・・なんというか無機質な味です。

見ての通り、盛り付けがきれいで、おかずのバリエーションもバッチリ。先生も僕と同じタカリ・ターリーを注文したのだが、試しに “ディロ” を付けてもらった。ディロは、トウモロコシやシコクビエなどの粉を熱湯で練ったもので、写真の白いライスの上にあるグレーの練り状の物体。本来はライスの代わりに食べるもので、セットだとライスかディロを選ぶんだけど、お店の人に興味があるって話したら盛り付けてくれた。たぶん日本人はライスが好きだと思うけど・・・。あ、そうそう、ダルバートの味は完成度が高くてすごくおいしかった。

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自転車でポカラ郊外を散策。しかし、時刻は夕方に・・・。

タカリ・キッチンでゆっくり昼食を食べてホテルに戻ると、いつの間にかすっかり夕方に近づいていた。僕たちはレイクサイドの目抜き通りにあるレンタルサイクル屋さんで自転車を借りて、ポカラ郊外を散策することにした。あまり難しいことは考えず、「目指すはオールドバザールだ!」くらいの軽い気持ちで自転車をこぎ始めた。 “オールドバザール”(Purano Bazar)は、かつて交易で賑わっていた古いバザールの通りで、地図上ではポカラの北3~4㎞くらいの場所に位置している。3~4㎞は、歩きなら難儀だが、自転車ならすぐの距離だ。

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日没がせまり、やむを得ず引き返すことに。変化の乏しい道が、延々と続く。

だが、それは間違いだった・・・。そもそも夕暮れ時の時間帯な上、道はどこまでもいっても延々と代わり映えのない国道が続いている。その上、時折上り坂なんかがあったりして、途中まで進んだところでまったく先が見えなくなってしまった。しかも、まだ行きなのにも関わらず、太陽は今や沈もうとしている。さすがにこれでは着いた頃には暗闇だ。いくら治安のいいネパールとはいえ、暗闇の国道をむやみやたらと彷徨うのは危険だ。やむを得ず、僕たちは日没後のまだなんとか視界が確保できる間に、帰路についた。うーむ、無念。

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夜になると賑わうポカラの町。洒落たレストランがたくさんある。

さて、ポカラの町に戻ってきたときには夜の帳が降りて、すっかり暗くなっていた。メイン・ストリートは、いつものようにレストランや商店のネオンで賑やかだった。ある意味、この町は夜の町なのかもしれない。昼食が遅かったので、なんだか食べてばかりのような気もしたが、この町で夜できることといえば、飲んで食べることに尽きる。そんなわけで、洒落たネオンの灯りに誘われて入ったのが “ムーン・ダンス” (Moon Dance)というレストラン。

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アメリカ時代から大好物のレモン・メレンゲパイ。愛すべき食べ物です。

連日何度か店の前を通りながら気になっていた店だ。店内は欧米人客で賑わっていた。日中は静けさの漂うメイン・ストリートなのだが、夜になると急に現れ町を闊歩する欧米人旅行者たち。一体どこにいっていたのだろうか、とっても不思議に思う。

僕はといえば、店に入って真っ先に頼んだのは夕食のプレートではなく、なぜか “レモン・メレンゲパイ” なのだった・・・ハハハ。アメリカ時代からの思い出の食べ物で、いつもメニューで探してしまうのですが、なかなかないんですよ、レモン・メレンゲパイ。で、メニューを見たらめずらしくあったので、これは食べねばイカンなと思い、即注文した次第。

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こっちはラザニア。インド・ネパールを旅してると、時々こういうのホント食べたくなる。

久しぶりの懐かしい味を堪能した後は、なぜか “ラザニア”。なんかね、きっとフラストレーションが溜まっていたんですよ、食事的に。でね、この店って変わったモノばかりあるから、つい。
まぁ変わったモノというか、こっちの方が日本人的には普通なんだけど・・・インドではまったく食べることのできなかったものばかりなので、新鮮だったんだよな~。あぁ味、味。レモン・メレンゲパイは◎。ハズレのない味だった。ラザニアは△。インドほどじゃないけど、だいたい見ての通りという感じで。インドははずすとハンパないんで・・・それに比べれば数段マシ。

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店内は欧米人客が大半。そういえば東洋人の姿は見えなかったな~。

その夜は二人で何を話したんだろう、よく覚えていないけど、日中の疲労感がドッと出て、なんだかまったりとした時間を過ごしたのだけ記憶に残っている。飲んで、食べて、なにやらよく覚えていないことを話して、笑って。いつしか、もうここがネパールの、ポカラという湖のほとりにある町だなんて、まったく思えなかった。周りには欧米人しかいないし、食べ物も思いっきり欧米風。なんだかアメリカの田舎町を旅してるような錯覚を覚えた。

ポカラの町の片隅で、とりとめのない話をしながら、夜は更けていくのだった。


関連記事: ネパールを食らう




2011'08'24(Wed)22:18 [ ポカラ ] CM0. TB0 . TOP ▲
ヒマラヤ、アンナプルナを見よ
ヒマラヤを望む・・・ネパールを旅したいと思った目的のひとつだ。そして今、僕の眼前には、地球上で最も標高の高い、雄大なヒマラヤ山脈のパノラマが広がっていた。

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サランコットの展望台で売っていた、ヒマラヤ山脈のポスター。

太陽が昇らぬ暗いうちにポカラの町を出発し、町の北西、フェワ湖の北に位置する “サランコット”(Sarangkot)という丘の頂上の展望台を目指した。ちょっとした登山の末、ようやく展望台に到着した瞬間、太陽が鈍い紅を放ちながら山の合間から姿を現した。それは正に、最高のタイミングだった。展望台は、簡素な造りながらも360度見晴らしが良かった。僕たちは、この瞬間を逃すまいと、他の登山客の間を縫って、ベストスポットを探して歩いた。

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朝靄に覆われた山々の合間から、姿を現す太陽。

7000m級の山々が連なるヒマラヤには遠く及ばないが、早朝に加え、1600m近くある山の山頂だけあって、さすがに風は冷たく、そして強かった。強風に煽られ、登山でかいた汗はあっという間にかき消え、すぐに身体は冷えきってしまった。一応長袖を着込んでいるとはいえ、パタゴニアのベースレイヤー程度では山頂の気温に対応できないようだ。僕は寒さをこらえながら、昇りはじめたまだ弱々しい光を放つ太陽を追い、カメラのシャッターを切った。

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陽が昇るにつれて朝靄が少なくなり、徐々に視界がクリアになっていく。

太陽が少し上がると、ヒマラヤの山々がクリアになってきた。 ヒマラヤは巨大な山脈で、ブータン、中国、インド、ネパール、パキスタン、アフガニスタンの6つの国にまたがり、非常に広範囲に広がっているのだが、この場所からは、“アンナプルナ”(Annapurna)という名のエリアに属するヒマラヤの山々を望むことができる。アンナプルナは、サンスクリット語で「豊穣の女神」を意味し、この地域はヒマラヤを望むトレッキングが盛んだ。

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幻想的な光景だったが、風が強く、とにかく寒かった。

山頂の冷たい風に晒され、寒さに凍えていると、登山客の中に見知った顔があった。それはホテルのレセプション・ルームで知り合った、あの国連のスタッフだというメキシコ人男性だった。よく見ると彼のすぐ横にはいつの間にか先生がいて、彼と楽しそうに会話をしている。僕も近づいて会話に加わった。「やあ」と挨拶をしてまず驚いたのは、彼がTシャツ1枚だったことだ。この寒いのによくTシャツ1枚でいられるものだ。しかも彼は平気な顔で会話をしている。

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靄が残っているので、最高にクリアな視界とは言えないが、それも味があって良かった。

次に驚かされたのは、彼は、山頂近辺までバイクで登ってきたのだという。どうやら僕たちが登ってきた道とは別に、より山頂に近い場所まで延びている裏道があるようなのだが、それよりも彼はバイクをポカラでレンタルしたのだと言うが、陽が昇る前のあの暗闇の中、見知らぬ山道を一人で山頂を目指して走るという感覚に驚かされた。それもTシャツ1枚で。たくましいの一言に尽きるのだが、彼の相棒は早朝に起きれずダウンしているのだそうだ。

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鋭角な山頂の形状から「ネパールのマッターホルン」などとも呼ばれている。

写真のタイミングがいいので話をヒマラヤに戻すが、アンナプルナの山々の中で、一際目立っているのが “マチャプチャレ”(Machhapuchhre)だ。ネパール語で「魚の尾」を意味するその名の通り山頂が鋭角に尖っていて、非常に魅力的な山だ。標高は6993mと、7000~8000m級の山々が連なるヒマラヤ山脈の中ではそれほど高いわけではないのだが(山単体で見れば十二分に高いが)、距離的に近いこともあってか強烈な個性を放っているのだ。

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眼下には、遠く湖の先に、ポカラの町が広がっている。

マチャプチャレは未踏峰で、神聖な山として宗教的な信仰の対象(シヴァ神に関連)となっており、登山が禁止されている。過去においても、1957年にイギリスの登山隊が登山しただけで、この時は頂上を踏まないという約束に従い、頂上から50mの位置までだったのだという。これだけ美しく神々しい山なのだから、地元住民が神聖視するのもよく分かる。

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山頂に見えるのが展望台。(左)山頂近辺から未舗装の山道が延びている。(右)

とまぁそんな感じで、山頂で寒さに耐えながら日がすっかり昇るまでゆっくり過ごし、帰路につくことにした。メキシコ人の彼とは山頂で別れたが、同じホテルに宿泊しているのでまた会うことになるだろう。帰りは行きとは違う道を通ることにした。彼が言ったとおり、もうひとつ幅の広い未舗装の裏道があって、その道を下った。おそらくこの道のことなのだろうが、暗闇の中、未舗装の山道を1人でバイクで登るのはリスクが高いように思えるのだが、反面、そんなメンタルの強さ、タフさが、いかにも僕の知っているメキシコ人らしかった。

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山の中腹には、のどかな田園風景が広がっている。

山の中腹まで降りると、ポカポカした陽気がもどってきた。太陽が上に昇ってきたせいもあるのだろう、それまでの寒さはどこかへ行ってしまった。周囲には、早朝登ってきたときには気付かなかった(道が違うというのもあるが)のどかな田園風景が広がっていた。

宿のオーナーが、ヒマラヤがくっきり見える視界の良い時間帯は早朝なのだと教えてくれたとおり、山頂であれだけ見えていたヒマラヤの山々が、いつのまにか靄に覆われてうっすらそのシルエットが見えるだけになっていた。きっともっとクリアにヒマラヤが見える日やシーズンがあるのだろうけど、眼前に広がる迫力のパノラマは、僕の心にしっかり焼き付いた。




2011'08'19(Fri)23:53 [ ポカラ ] CM0. TB0 . TOP ▲
サランコットの丘の頂上を目指して
周囲を山々に囲まれた湖の町、ネパール・ポカラ。そのポカラの周りの山の山頂は、ヒマラヤの山々を望む絶好の展望ポイントになっている。僕と先生はいくつかあるそんなポイントの1つ、“サランコット”(Sarangkot)と呼ばれる丘の頂上を目指すことにした。
 
狙いはやはり日の出の時間帯だ。高所から望む美しい日の出に加え、早朝の時間帯の方が靄がなく、ヒマラヤの山々がクリアに見えるのだと宿のオーナーは言う。

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急な斜面をひたすら登り続ける。山頂ははるか先だ。

早朝・・・と言うにはかなり早い時間帯に、僕たちはホテルを出発した。サランコットの丘の頂上で日の出を迎えるには、かなり早い時間に出発する必要があった。日の出前なのだから、辺りはまだ暗闇に包まれていた。サランコットは標高1,592mで、丘の頂上には展望台が設置されており、標高800mのポカラの町とは一味違った雄大なヒマラヤの山々を望むことができる。

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朝靄に包まれた、なんとも幻想的なヒマラヤの山々。

サランコットは徒歩だとかなりの距離があるので、丘の麓まではタクシーで行くことにした。ホテルの前には、予め予約しておいたタクシーが駐まっていた。僕たちは軽くドライバーと挨拶を交わし、車に乗り込んだ。すぐに僕たちを乗せたタクシーは走りはじめた。

車内から外を眺める。窓の外は一面暗闇で、単調な道が続いている。丘の麓までは想像以上に距離があった。この時間帯に徒歩で目指さなくて良かったと思った。おそらく徒歩だと、夜中の相当早い時間帯に出発しなければ、日の出の時間帯には間に合わないだろう。

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高台から望む、ポカラの町とフェワ湖。絶景だ。

タクシーが丘の麓に到着する頃には、空はうっすらと紫色を帯びていた。まだ太陽が昇る気配はないが、山頂まで登るには時間がかかる。早速僕たちは山頂を目指して山道を登りはじめた。山頂までは石段が延々と延びていた。これがまたなかなかに急で、途中何度も息を切らしながらもひたすら上を目指した。周りには民家が点在していて、まだ日の出前だというのに、もう朝の準備をしている家もあった。眼下にはポカラの町とフェワ湖が広がっていた。

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山頂まで延々と石段が延びている。時折石造りの民家が点在している。

そんな民家を横目にしばらく登ると、山頂までの中間地点だろうか、景色の良い視界の開けた場所に出た。これまで登ってきた道程を高台から一眼に望める場所で、その頃にはうす紫色だった空に、すこしだけ赤味が混じっていた。遠くに見えるヒマラヤの山々のシルエットは、まだ朝靄に包まれ、はっきりとは見えなかったが、それはそれで幻想的な光景だった。

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視界が開けた山の中腹からの景色。空が赤味を帯び始めた。

その場所にしばらく座り込んで、絶妙なパープルのグラデーションの空と眼下に広がる景色を眺めていると、同じように山頂を目指して1人の登山客が登ってきた。僕たちもそれに続くように、再び登りはじめた。サランコットの丘・・・と言っても、登る斜面はなかなか急で、丘というより山という方が近い。1600m近い標高から考えても山と表現すべきだ。もっともこの辺りにははるかに標高の高い山々がゴロゴロしているので、それに比べれば丘なのだろうが。

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山頂近くにも民家や畑が点在している。空が明るくなっても月がはっきり見えた。

山頂に近づくと、簡易な土産物屋やレストラン、ゲストハウスなどを見かけるようになってきた。日の出を目指す登山客の事情を知っているのだろう、まだ朝早いのに登ってくる登山客を呼び込む。だが、日の出直前のこの時間帯に、足を止めてショッピングに明け暮れるわけにはいかない。他の登山客も同じ考えのようだ。空を見上げると、つい先程まで紫色を帯びていたのに、もう青みを帯びていた。経験的に、ここから日の出までは早い。

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神聖な山として地元の人たちに崇敬されているマチャプチャレ。

相変わらず急な石段をやや急ぎ足で登り続けると、ようやく山頂の展望台が見えてきた。ヒマラヤの山々のシルエットは、朝靄が少なくなり、山頂を太陽の光が照らしていた。連なる山々の中で一際尖った形状の山が、“マチャプチャレ”(Machhapuchhre)だ。

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遠くの山の間から姿を現した鈍い紅色を放つ太陽。

期待に胸は高まる。想像以上にハードな登山だったが、なんとか日の出に間に合いそうだ。僕たちが山頂の展望台に辿り着いたのとほとんど同時に、鈍い紅色の太陽が山の間から姿を現した。麓から登りはじめた時にはほとんど人気がなかったのに、展望台には続々と山頂に登山客が到着してくる。その中には、年配の日本人ツアー客の姿もあった。

サランコットの丘の頂上から望むヒマラヤの山々。そして、高台から見下ろす世界。それは言い表せないほどの絶景だった。僕たちは、疲れを忘れて昇る太陽を見つめた。




2011'08'14(Sun)13:23 [ ポカラ ] CM0. TB0 . TOP ▲
ポカラの夜
ネパール、ポカラで過ごす夜の時間は格別だ。リゾートだけあって、メイン・ストリートには欧米人好みの洒落たレストランやカフェがひしめいている。店内からもれる灯りを楽しみながら、街を歩く。気が向いたらレストランに入り、食事を楽しむ。何とも贅沢な時間だ。

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太陽が山の合間に沈んでいく瞬間。

夕方、僕と先生は、フェワ湖の湖畔を散策した。特別狙ったわけではなかったが、ちょうどフェア湖を囲む山々に、太陽が沈みはじめる時間帯だった。ポカラの景色が最も美しく見える、一番良い時間帯の一つだ。短い時間だったが、僕たちはサンセットを楽しんだ。

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太陽が沈んだ直後の空は、紅く染まっていた。

太陽が山の陰に隠れると、空は一層紅く染まった。湖に静けさが漂う。同じサンセットでも、これがインド・ヴァラナシであったなら、沐浴をする人たちや祭事を見学する人たちでごった返しているに違いない。穏やかで静かな空気が、ポカラの魅力なのかもしれない。

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ネワリ・キッチンの店内から夕暮れ時の湖を望む。

お腹が空いたので、僕たちは近くにあるレストランに入った。湖畔のキャンプ場前にある、“ネワリ・キッチン”(Newari Kitchen)だ。夕食の時間帯には少し早かったのか、はたまた過剰なリゾート開発で店と客の需要と供給が崩れたせいなのかは分からないが、客は僕たちだけだった。僕たちは店の奥のフェワ湖が眺められる特等席に座った。独特の形状の窓際の一角だけ、テーブル席ではなく座席になっていて、どことなく和の要素を感じた。

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チャタモリ(左)とウォー(右)。米粉と豆粉、使用する粉の種類は違うが、味の方向性は近い。

僕たちが注文したのは、“チャタモリ”(Chatamari)と “ウォー”(Wo)。ネパール風ピッツァとお好み焼きのような食べ物で、どちらもなかなかお目にかかれないので興味があった。

チャタモリは米粉の生地に野菜や肉、卵をトッピングして焼いたもので、ウォーは豆粉に野菜や肉、卵をミックスして焼いたもの。個性的な見た目とは裏腹に、味は素朴でどこかで食べたことがあるような感じだ。作り方や使用する食材が似ているせいか、味の方向性は近かった。

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日没後の湖畔では、まだ子供たちが遊んでいた。時折子供たちの叫び声が聞こえる。

日没からしばらく時間が経ち、徐々に夜の帳が下りはじめていた。夕陽の紅と、夜の碧が混ざったグラデーションの空。僕はこの時間帯が好きだ。僕たちは、時折子供たちが遊ぶ声がこだまする湖畔を眺めながら、しばらくのんびりとした時間を過ごした。

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カフェ・オリーブのネオンに誘われて・・・。客層は欧米人がメインだ。

レストランから出ると、もうすっかり夜だった。メイン・ストリートに軒を連ねるレストランやカフェのネオンを眺めながら、夜のポカラを歩いた。日中は土産物屋が目立ったが、夜になると静かな通りは繁華街へと様変わりする。日中に比べて、旅行者の姿も多く見かける。どことなく街の雰囲気が、バリの “ウブド”(Ubud)とよく似ているなと思う。

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絞りたてのレモンで作ったレモネードが、疲れた身体に染み渡る。

僕たちは、しばらく夜のメイン・ストリートを歩いた。店内からもれる灯りに誘われて、通りにたくさんある洒落たカフェの一つ、“カフェ・オリーブ”(Cafe Olive)に入った。先生が注文したレモネードは、ちゃんと絞りたてのレモンで作られていて、濃厚でうまい。

ポカラは、「リゾート」と言うほど高級リゾートな雰囲気の街ではないが、穏やかで素朴な街並みは心が和む。街には洒落たレストランやカフェがたくさんあるから、きっとこの街に滞在するなら1人より2人の方が楽しいだろうなと思った。カフェのテーブルに置かれたロウソクの炎が、時折風で揺らぐのを見つめながら、静かな夜の時間を過ごした。




2011'07'27(Wed)19:46 [ ポカラ ] CM0. TB0 . TOP ▲